静岡地方裁判所 平成2年(ワ)360号 判決
アメリカ合衆国マサチューセッツ州ケンブリッジ、アマーストストリート四九番
原告
リサーチ・インスティチュート・フォア・メディスン・アンド・ケミストリー・インコーポレイテッド
右代表者
モーリス・エム・ペチェット
大阪市中央区南本町一丁目六番七号
原告
帝人株式会社
右代表者代表取締役
板垣宏
右原告両名訴訟代理人弁護士
久保田穰
同
増井和夫
大阪市北区堂島浜一丁目二番六号
被告
旭化成工業株式会社
右代表者代表取締役
弓倉礼一
静岡県富士市久沢一六八番地
被告
東海カプセル株式会社
右代表者代表取締役
若尾企叶
右被告両名訴訟代理人弁護士
酒井正之
右被告両名輔佐人弁理士
内山充
主文
一 被告らは連帯して、原告帝人株式会社に対し、金四億三四〇〇万円及びこれに対する平成五年二月二〇日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告旭化成工業株式会社は、原告帝人株式会社に対し、金二億三二〇〇万円及びこれに対する平成五年二月二〇日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
三 被告らは連帯して、原告リサーチ・インスティチュート・フォア・メディスン・アンド・ケミストリー・インコーポレイテッドに対し、金四〇九二万三四二〇円及びこれに対する平成四年一〇月一七日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
四 被告旭化成工業株式会社は、原告リサーチ・インスティチュート・フオア・メディスン・アンド・ケミストリー・インコーポレイテッドに対し、金二一八九万〇一八八円及びこれに対する平成四年一〇月一七日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
五 原告リサーチ・インスティチュート・フォア・メデイスン・アンド・ケミストリー・インコーポレイテッドのその余の請求をいずれも棄却する。
六 訴訟費用は被告らの負担とする。
事実及び理由
第一 請求の趣旨
一 主文第一、第二項に同旨
二 被告らは連帯して、原告リサーチ.インスティチュート・フォア・メディスン・アンド・ケミストリー・インコーポレイテッドに対し、金五九〇〇万円及びこれに対する平成四年一〇月一七日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
三 被告旭化成工業株式会社は、原告リサーチ・インスティチュート・フォア・メデイスン・アンド・ケミストリー・インコーポレイテッドに対し、金三一〇〇万円及びこれに対する平成四年一〇月一七日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
一 原告らの権利(争いがない)
1 原告リサーチ・インスティチュート・フォア・メディスン・アンド・ケミストリー・インコーポレイテッド(以下「原告RIMAC」という。)は、左記の特許権(以下「本件特許権」といい、特許にかかる発明を「本件特許発明」という。)の特許権者であり、原告帝人株式会社(以下「原告帝人」という。)は、原告RIMACより、本件特許権について専用実施権の設定を受けて、平成三年一月二八日、その登録を了したものである(なお、原告帝人が、専用実施権設定登録前に有していた権利については、後記第四の四の1の(二)で検討する。)。
(一) 発明の名称 1α-ヒドロキシビタミンD化合物の製造方法
(二) 出願日 昭和四九年一月九日(特願昭四九-五八五三)
(三) 優先権主張 一九七三年(昭和四八年)一月一〇日及び同年五月二一日の各アメリカ合衆国(以下「米国」という。)出願に基づく
(四) 出願公告日 昭和五七年九月二九日(特公昭五七-四五七四〇)
(五) 登録日 昭和五八年一一月一四日
(六) 特許番号 第一一七五九〇二号
(七) 特許請求の範囲(以下「本件特許請求の範囲」という。)
「式
〈省略〉
〔式中R5は基
〈省略〉
(式中R6およびR7はそれぞれ水素原子を表わすかまたは一緒になって炭素-炭素二重結合を形成しておりそしてR9は水素原子またはメチル基を表わす)を表す〕
の1α-ヒドロキシ-25-水素-プレビタミンDまたはそのアシレートの熱的異性化により式
〈省略〉
(式中R5は前記の意味を表わす)
のビタミンD化合物またはそのアシレートを生成させることを特徴とする、1α-ヒドロキシ-25-水素-ビタミンDまたはそのアシレートの製造方法。」
(別添特許公報(以下「公報」という。)の該当欄参照。なお、右記各式を以下順次「発明式Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ」という。)
2 本件特許権は、平成六年一月九日、期間満了により消滅した。
二 被告らの行為(争いがない)
1 被告旭化成株式会社(ただし、平成四年七月一日前は旭化成工業株式会社に吸収合併される前の東洋醸造株式会社。以下、吸収合併前後を通じて単に「被告旭化成」という。)は、平成二年七月ころより平成四年八月末日までの間(以下「本件期間」という。)、オランダ国のソルベイ・デュファー・ビー・ヴィ(輸入開始当初の社名はデュファー・ビー・ヴィ、以下「デュファー社」という。)において製造されている別紙被告物件目録記載の化合物であるアルファカルシドール(「9、10-セココレスタ-5、7、10(19)-トリエン-1α、3β-ジオール」の医薬品としての一般名称。慣用的には「1α-ヒドロキシビタミンD3」と呼ばれる。なお、以下においては「1α-ヒドロキシビタミンD3」又は「アルファカルシドール」といい、デュファー社製造にかかるアルファカルシドールを「被告物件」という。)の原末を輸入して、扶桑薬品工業株式会社(以下「扶桑薬品工業」という。)に販売するとともに、被告東海カプセル株式会社(以下「被告東海カプセル」という。)に、そのカプセル化を委託して製剤化し、商品名「トヨファロール」として販売していた。
2 扶桑薬品工業は、本件期間中、被告旭化成が輸入した被告物件の供給を受けて製剤化し、商品名を「エルシボン」として販売していた。
三 原告らの請求の概要
被告物件は、特許法一〇四条により本件特許発明により製造されたものと推定され、仮に同条の適用がないとしても被告らが被告物件の製造方法であると主張する別紙イ号方法目録記載の製造方法(以下「イ号方法」という。)は本件特許発明の技術的範囲に属するから、被告ら及び扶桑薬品工業が被告物件を用いてするアルファカルシドール製剤の製造販売行為は本件特許権の侵害行為に当たるとして、
(一) 被告らに対し、被告旭化成販売にかかるアルファカルシドール製剤「トヨファロール」の製造販売行為を被告らの共同不法行為であるとして、右によって原告らが受けた損害の賠償を請求。
(二) 被告旭化成に対し、扶桑薬品工業販売にかかるアルファカルシドール製剤「エルシボン」の製造販売行為を同社と被告旭化成の共同不法行為であるとして、右によって原告らが受けた損害の賠償を請求。
四 争点
1 本件特許には明白な無効事由が存するから、本件特許権に基づいてする原告らの被告らに対する損害賠償請求は棄却されるべきか。
2 特許法一〇四条により、被告物件は、本件特許発明により製造されたものと推定されるか。すなわち、
(一) 被告物件は、本件特許発明の目的物質と同一であるか。
(二) 本件特許発明の目的物質は、優先権主張日当時、日本国内において公然と知られた物でなかったか。
3 被告物件の製造方法は、本件特許発明の技術的範囲に属するか。すなわち、
(一) 被告物件はイ号方法により製造されたものであるか。
(二) イ号方法は、本件特許発明の技術的範囲に属するか。
4 原告らが受けた損害の額
第三 争点に関する当事者の主張の概要
一 争点1
(被告らの主張)
本件特許には、左記のとおり明白な無効事由が存するところ、被告旭化成は、現在、本件特許権について無効審判を請求しているが、被告旭化成以外にも株式会社クラレが無効審判を請求しており、本件特許権が早晩無効とされることが明らかであるから、かような特許権に基づいてする権利行使は許されない。
1 無効事由第一点-特許法三二条三号(昭和五〇年法律四六号による改正前)違反
(一) 本件特許発明は、発明式Ⅰで表される1α-ヒドロキシプレビタミンD(又はそのアシレート。以下、単に「1α-ヒドロキシプレビタミンD」という。)を熱的異性化することによって発明式Ⅲで表される1α-ヒドロキシビタミンD(又はそのアシレート。以下、単に「1α-ヒドロキシビタミンD」という。)を製造する方法である。
しかるところ、本件特許発明における熱的異性化のように、水素移動を伴い、二重結合が順送りに転換する異性化現象は共役二重結合を有する有機化合物では枚挙に暇がないほど良く知られた異性化転換反応であり、1α-ヒドロキシビタミンDの七個の炭素骨格と全く同一の炭素骨格を有する他のビタミンD類の場合においても同様にプレビタミンD構造とビタミンD構造の間にこのような異性化平衡関係が存在することは本件特許出願前に良く知られていた事柄である。しかもこの異性化は、室温条件でも熱的平衡関係に基づき、原料化合物を放置しただけで一四日後に目的物質に変化するほど容易に生じる異性化反応に過ぎない。
このように常温で、自然に進行する異性化による製造方法は、公知の文献類(乙一五、一六の一、二、二七、七一、七九)によって明らかなように、ビタミンD類の最終合成工程において慣用されている一九三〇年頃から周知の手法である。
(二) また右のとおり周知であるプレビタミンD類とビタミンD類との右化合物間の変化は、二個の分子間反応のない分子構造内部の変化、すなわち他の反応物質を必要としない点ではむしろ物理的変化に近い反応であり、新規なプレビタミンD構造の化合物を作れば熱的に異性化して相当する構造のビタミンDになることは、右のような多くの前例を知っている当業者にとっては、一〇〇パーセントの確度で予測出来ることである。
(三) ところで、発明の構成を把握するにあたっては、このような慣用手段を除去すべきことはいうまでもないところ、特許庁の出願審査基準においても、(1) 得られる化合物が化学常識上容易に想到することができ、(2) 方法も慣用の処理手段による場合には、両者を同一発明になるとしている。要するに右(1)、(2)の要件が備わる場合には、当該発明についてはかかる慣用手段は無視して判断されることとされている。
すると、本件特許発明の目的物質が化学的に容易に想到できることは、前記のところから明らかであって右(1)の要件は満たされているし、また、本件特許発明の熱的異性化は、何もしなくても自然に異性化するものであるから右の(2)の要件も満足することとなり、結局、本件特許発明にいう熱的異性化は発明の構成としては無視すべきものと解されることになる。
(四) すると本件特許は、結局、その出発物質である1α-ヒドロキシプレビタミンDという化学物質に特許したことと完全に同一となるが、本件特許出願当時、化学物質自体の特許は許されていなかったのであるから、本件特許は、昭和五〇年法律四六号による改正前の特許法三二条三号(以下「改正前特許法三二条三号」という。)に違反する無効事由を有することになる。
(五) 原告らは、「熱的異性化」とは「加熱による異性化」と限定して主張することにより、本規定違反は解消したと主張するようであるが、特許請求の範囲の訂正がない限り、当業者は被告らと同様の理解をするのであり無効事由は客観的には解消されていない。
また「熱的異性化」なる要件を右のように限定して解すべきかについての議論は後記2にゆずり、仮に熱的異性化を加熱による異性化であると限定的に解したとしても、熱によって反応を促進することは中学校の教科書にも記載されている程度の初歩的慣用手段であるから、改正前特許法三二条三号違反を理由とする被告らの主張に反論したことにはならない。
2 無効事由第二点-特許法二九条の二違反
(一) 本件特許発明は、ウイスコンシン・アルムニ・リサーチ・フアウンデーション(以下「WARF」という。)の特許出願にかかる特願昭四七-一二〇五六〇号・特開昭四八-六二七五〇号(発明の名称「1α-ヒドロキシコレカルシフェロールの製造方法」)の願書に最初に添付した明細書(以下「先願当初明細書」といい、その公開特許公報(乙一)を以下「先願公開公報」という。)に記載された発明(以下「先願発明」という。)と同一であるから、本件特許は特許法二九条の二に違反した無効事由を有している。
(二) すなわち、本件特許発明の目的物質のうち発明式ⅡのR6、R7及びR9をすべて水素原子とする発明式Ⅲの物質とWARFの先願発明の目的物質とは、後記二(被告らの主張)の1の(三)のようにシス構造、トランス構造という違いは存するが、1α-ヒドロキシビタミンD3という上位概念としては同一の物質であり、そればかりかWARFの先願当初明細書にはその目的物質の作用、効果についての記載もある。
また、本件特許発明は、WARFの先願当初明細書七頁に記載された化合物ⅩⅡからⅩⅣに至る過程、要するに1α-ヒドロキシプレビタミンD3(以下「プレ体」という。)の1α-ヒドロキシビタミンD3への無触媒下の異性化反応と全く同一であり、結局、本件特許発明と、WARFの先願発明は目的物質ばかりか、目的物質に至る製造方法までが同一ということになる。
(三) 原告らは、本件特許発明は加熱を要件とするのであり、室温で放置することを特徴とするWARFの先願発明とは異なる旨主張するが、原告らの主張には理由がない。
すなわち、一般的な文献等(乙二七、七一、七二、七九)に明らかなように、「熱的異性化」とは、触媒(光、溶媒の触媒作用も含む)による異性化に対する技術用語であり、無触媒下で熱エネルギーや熱の作用により行う異性化を総て含む概念であり、加熱することに限定されておらず、温度とは直接関係しない概念であるというべきところ、本件特許請求の範囲及び発明の詳細な説明の項には「熱的に異性化」、「熱的異性化」とあるのみであって、これと異なるような特段の定義がされていない。
なお、僅かに、化学大辞典(甲三五)に「熱的異性化」が「加熱」を要件とする異性化に限定されるかに解される記載が存するが、右記載が間違いで著者の誤解に基づくものであろうことは、専門家が一致して指摘するところであって、原告らの主張を支持するものではない。
原告帝人も、自らした1α-ヒドロキシビタミンD3を含む活性ビタミンD3の製造方法の特許出願において、「熱異性化」を右に沿った概念の用法で用いている。
してみると、本件特許にいう「熱的異性化」とは、右に定義された一般的概念としての「熱的異性化」を意味し、「加熱」を要件とする異性化に限定されるものではないと解すべきである。
他方、WARFの先願発明における「室温」における異性化も、右の一般的に定義される「熱的異性化」に含まれることは、先願当初明細書の記載内容に照らし明らかである。
したがって、本件特許発明の処理手段は、WARFの先願発明の処理手段と同一であるということは明らかであって、原告らの主張には理由がない。
なお本件特許の出願当初の願書添付の明細書(乙二一)においては、製造方法について、特許請求の範囲に「加熱により異性化させ」る(本文一頁)との、発明の詳細な説明の項には「加熱」(本文一七頁)との具体的な表現が存し、いずれも昭和五一年二月二一日に提出された手続補正書によって、前者については「熱的異性化により」と、後者については「熱的に異性化」と補正されているが、これは後記5のとおり、要旨の変更に当たるものであるから、本件特許発明にいう「熱的異性化」の右解釈を左右するものではない。
(四) また、仮に「熱的異性化」を原告らの主張するように「加熱」による異性化と限定して解したとしても、加熱して反応を促進することが慣用方法であることは前記したところであるから、本件特許発明とWARFの先願発明とが同一であるとの判断は妨げられない。
(五) 原告らは、WARFが、先願発明にかかる特許を出願した当時、1α-ヒドロキシビタミンD3を得ていなかった旨を主張して本件特許発明との差異を論ずるが、WARFが、英国対応特許や米国対応特許において1α-ヒドロキシビタミンD3の物質特許を得ていること及びそれ自体に原告RIMAC自身が異議を唱えていないことに照らすと、WARFが先願発明にかかる特許を出願した当時に、1α-ヒドロキシビタミンD3を得ていたことは明らかである。
(六) 以上のとおり、本件特許発明はWARFの先願発明と同一であり、本件特許が特許法二九条の二に違反する無効事由を有していることは明らかである。
3 無効事由第三点-特許法二九条一項三号、同二項違反
(一) 明細書の発明の詳細な説明(公報三欄四〇~四二行)にも記載されているとおり、本件特許の優先権主張日である一九七三年(昭和四八年)一月一〇日(以下「米国特許第一出願日」という。)前の公知文献であるジャーナル・オブ・ザ・ケミカル・ソサエティ(C)(一九七〇年発行、乙五)には、1α-ヒドロキシビタミンD3を得るための中間体が、その具体的な製法とともに具体的化学名をもって記載されている。また、ヘルベチカ・シミカ・アクタ第五四巻(一九七一年発行、乙三四)によっても、右中間体が既に米国特許第一出願日当時、既に知られていたことが示されており、右文献の著者は、テトラヘドロン第三三巻(一九七七年発行、乙三五)において、右中間体が1α-ヒドロキシビタミンD3を得るために重要な中間体であったことを確認的に述べている。
(二) 右の中間体から1α-ヒドロキシビタミンD3に至る製造方法、要するに紫外線をあて熱異性化をするという製造方法が慣用技術であることは、明細書において右の中間体から1α-ヒドロキシビタミンD3に至る製造方法自体が慣用技術の適用に過ぎないことが記載されていることや、公知文献類(乙一五、一六の一、二、二二、二七)より明らかである。
そればかりか、右公知文献中には、ジャーナル・オブ・ザ・ケミカル・ソサエティ(C)(一九七〇年発行、乙五)記載の中間体と基本骨格が同一の構造の酷似したビタミンD化合物の反応が示されており、他方、種々のビタミンD化合物が基本的に同一の反応挙動をするということは、原告RIMACも認めているところであるから、右文献記載の中間体から1α-ヒドロキシビタミンD3が得られることは自明のことである。
(三) また原告RIMACは本件特許出願当初は右中間体の製法についても特許請求をしており、そしてこの中間体の合成こそが1α-ヒドロキシビタミンD3を製造するための最大の隘路であり、これを得さえすればあとは慣用技術で1α-ヒドロキシビタミンD3に至ることを明細書において述べている(公報三欄一七~三九行)。
(四) 以上のように、中間体から1α-ヒドロキシビタミンD3に至る製造方法は極めて容易な慣用技術であり、他方、右中間体は1α-ヒドロキシビタミンD3を製造する用途以外には、産業上は勿論、学問的にも関心をもたれないものであるから、従来の他のビタミンD類と類型的発想により、該中間体、即、1α-ヒドロキシビタミンD3を反射的に想起させるものである。
それゆえ、該中間体が具体的な物性をもって開示されていたということは、原告RIMACも自ら明細書において述べているように、類似構造の中間体化合物から1α-ヒドロキシビタミンD3の類似構造化合物への変換が自明であるという技術知見に照らし、1α-ヒドロキシビタミンD3を得ることそれ自身が開示されていたと同じであると見るべきである。
(五) したがって、公知文献であるジャーナル・オブ・ザ・ケミカル・ソサエティ(C)(一九七〇年発行、乙五)、ヘルベチカ・シミカ・アクタ第五四巻(一九七一年発行、乙三四)によって、該中間体から1α-ヒドロキシビタミンD3が得られることは米国特許第一出願日以前に開示されていたと見られるし、また、仮にそうでなくとも、本件特許発明は、米国特許第一出願日当時、容易に推考されたものと認められる。
したがって、本件特許は特法二九条一項三号、同二項に違反する無効事由を有していることになる。
4 無効事由第四点-発明未完成、明細書不備
本件において非侵害の理由として被告らが主張している後記二(被告らの主張)の1の(一)記載の目的物質の非同一性に関わる融点に関する問題は、同時に本件特許の無効事由ともなる。
すなわち、後記するとおり実施例に記載されている目的物質である1α-ヒドロキシビタミンD3の融点は、客観的に正しいとされる融点と大きく異なっており、そればかりか後記二(被告らの主張)1の(二)記載のとおり元素分析値も、通常の誤差を超えて異なっているのであるから、原告RIMACは米国特許第一出願日当時に1α-ヒドロキシビタミンD3を得ておらず、発明は未完成であったと考えざるを得ない。
また、右の点は明細書に1α-ヒドロキシビタミンD3を現実に得たことを支持するデータが記載されていないという点において、明細書が不備であることを意味するのであるが、いずれにせよ右瑕疵は本件特許の無効事由となる。
5 無効事由第五点-要旨変更による全部公知
(一) 原告RIMACは、当初の願書添付の明細書の特許請求の範囲及び発明の詳細な説明の項を、昭和五一年二月二一日、手続補正書を提出して補正し、この補正された明細書に基づいて特許査定を受けたものである。
右手続補正の内容は、基本的には出願当時の明細書では二項存在した特許請求の範囲を一項にしたこと及び表現上の補正をしたものであるが、その補正の際に、当初の明細書の特許請求の範囲に存した「加熱により異性化させ」の文言を「熱的異性化により」に、発明の詳細な説明の項に一か所存した「加熱」の文言を「熱的に異性化」にそれぞれ補正し、またさらに発明の詳細な説明の項に「(b)熱的異性化」なるタイトルまで追加したものである。
(二) しかし、前記2で述べたとおり、「熱的異性化」なる概念は「加熱による異性化」よりも広い範囲の概念であることは明白であるから、後者から前者へ文言を変えることは、単なる文言の補正にとどまらず明細書の要旨を変更するものというべきであるから、特許法四〇条が適用される結果、本件特許の出願日は、右の要旨の変更となる手続補正書を提出した昭和五一年二月二一日とみなされることになる。
(三) 本件特許の出願日が右のとおり昭和五一年二月二一日であるとすると、出願前に本件特許発明自体が公開特許公報(乙七〇・公開日昭和四九年九月一一日)により公知となっており、その他の公知文献(乙一、一二、一三、七三、七四)も多数存するのであるから、本件特許発明は出願前全都公知となって、特許法二九条一項三号に違反することとなり、右は本件特許の無効事由となる。
(原告らの主張)
我が国の法制度においては、特許の有効、無効は、特許庁の無効審判手続により争われることとされており、侵害訴訟裁判所においては、特許は有効であることを前提として審理されることが予定されているのであるから、特許の無効理由の存在を前提として原告らの請求が排除されるかの主張は全く根拠がないものといわざるを得ず、したがって被告らの特許無効に関する主張は、そもそも主張自体失当といわなければならない。
しかしいずれにせよ、以下のとおり被告らの主張はいずれも失当である。
1 無効事由第一点について
被告らは、本件特許は、出発物質である1α-ヒドロキシプレビタミンDについての物質特許に外ならないから改正前特許法三二条三号違反の無効事由を有する旨主張するが、その論旨は理解し難い。
そもそも被告らが仮に1α-ヒドロキシプレビタミンDを販売したとしても、原告らが本件特許権の侵害だと主張し得ないことはもとより当然であるから、本件特許が1α-ヒドロシキプレビタミンDの物質特許でないことは明らかである。
被告らは、1α-ヒドロキシプレビタミンDは室温でも1α-ヒドロキシビタミンDに変換するから、1α-ヒドロキシプレビタミンDを製造することが、即、本件特許権を侵害することになるかのように主張するが、本件特許発明は出発物質に対する加熱工程を要件とするものであるから、放置して自然に1α-ヒドロキシビタミンDが生成したとしても、それは本件特許権の侵害とならず、したがって右主張が本件特許が物質特許にほかならないとの主張の根拠にならないこともまた明らかである。
2 無効事由第二点について
本件特許発明と、WARFの先願発明とは、前者における異性化反応が加熱を要件とするものであり、後者における異性化反応が室温状態での放置を要件とするものであるから、異性化反応の条件が異なり、本件特許発明が、先願発明と同一であるとの無効理由は成り立たない。
被告らは、一般に「熱的異性化」は室温での熱エネルギーによる異性化を含む概念であるから、本件特許発明とWARFの先願発明との異性化反応は同一である旨主張するが、代表的な化学用語の辞典及びその他の文献(甲三五ないし三八)によれば、「熱的異性化」あるいは「熱異性化」とは、室温より実質的に高い温度に加熱して異性化を実現する方法を意味することと定義されており、本件特許の場合も明細書において、特にこの通常の意味と異なる意味に「熱的異性化」なる用語を使用するとは記載していないから、当業者が、技術常識のもとに明細書を見れば、熱的に異性化するとは、熱を手段として、すなわち室温より高い温度にすることによって異性化を行うことであると理解するのは当然であり、被告らの主張には理由がない。
要するに本件での問題は、本件特許請求の範囲にいう「熱的異性化」の解釈の問題であるから、純学問的に、熱以外のエネルギーによらないという意味で「熱的異性化」という用語が用られる場合はあるかも知れないが、右は被告らの主張の根拠とはならない。
また処理手段として加熱という操作をすることは、明細書記載の実施例のみならず、デュファー社及び訴外クラレ株式会社の実施に明らかなように、短時間に効率的に1α-ヒドロキシビタミンD3が得られるという効果をもたらすのであるから、出発物質を室温で暗所に放置し1α-ヒドロキシビタミンD3を得るのに長時間を要するという、何ら処理手段を施さないにも等しいWARFの先願発明の処理手段とは、実質的にも異なる処理手段であることは明らかである。
3 無効事由第三点について
(一) 被告らは、ジャーナル・オブ・ザ・ケミカル・ソサエティ(C)(一九七〇年発行、乙五)により、本件特許発明は公知であり、仮にそうでなくも本件特許発明の異性化反応は、ビタミンD類の合成の分野において慣用技術に過ぎないから、本件特許発明は容易に推考された旨主張する。
しかし、ジャーナル・オブ・ザ・ケミカル・ソサエティ(C)(一九七〇年発行、乙五)には、単に1α-ヒドロキシビタミンD3の中間体が記載されているに過ぎないのであるから、もとより本件特許発明は公知であったということはできないばかりか、右文献によれば、その当時、かえって1-αヒドロキシビタミンD3なる化合物の合成が研究者の研究対象であったことが窺えるのであり、同文献の記載から本件特許発明が容易に推考し得たとは到底考えられない
(二) また化合物の製造方法は、出発物質の選択と処理手段の選択から構成されるが、本件特許発明は出発物質として1α-ヒドロキシプレビタミンDを選択し、処理手段として加熱による異性化を選択し、それにより新規かつ顕著な薬効を有する1α-ヒドロキシビタミンDを合成するものであって、典型的な医薬品の製造方法にほかならないが、このような新規な医薬品の製造方法においては、手段自体が容易かどうかは問題ではなく、生成物における顕著な作用効果を「方法」の作用効果として認めて特許を付与するのが確立した実務であり、本件特許もそのような特許実務により、特許とされた発明であるから、被告らのいう製造方法が慣用の技術の応用に過ぎないとの主張は失当である。
(三) また、被告らは、公知文献であるヘルベチカ・シミカ・アクタ第五四巻(一九七一年発行、乙三四)により、本件特許が公知であると主張しているが、右文献は、前述のジャーナル・オブ・ザ・ケミカル・ソサエティ(C)(一九七〇年発行、乙五)よりも関連性が薄いものであって、被告らの主張を何ら支持するものではない。
なお確かに、両文献とも、1α-ヒドロキシビタミンD3を合成することに利用できる中間体を開示していることは事実であるが、前者には、目的としてであれ1α-ヒドロキシビタミンD3への言及があったが、後者には1α-ヒドロキシビタミンD3については何ら言及すらないのである。
また、被告らは、テトラヘドロン第三三巻(一九七七年発行、乙三五)によれば、前記へルベチカ・シミカ・アクタ五四巻(一九七一年発行、乙三四)の文献の著者は同文献記載の化合物と1α-ヒドロキシビタミンD3の関連性を認識していたと認められると主張するが、そもそも公知文献より推認し得る著者の内心の意思をもって特許の新規性があるやなしやを判断するものではないし、その点を措いても、テトラヘドロン第三三巻(一九七七年発行、乙三五)は、米国特許第一出願日よりも四年も後の文献であり、同文献によれば、同文献の著者はこの頃になってはじめてへルベチカ・シミカ・アクタ五四巻(一九七一年発行、乙三四)の記載の化合物と1α-ヒドロキシビタミンD3の関係を認識し得たことが窺えこそすれ、それ以上のものではない。また、ある公知文献の存在が特許に対する無効事由となり得るか否かはその文献の記載から判断することであり、記載されていない著者の内心が問題にならないことはいうまでもない。
4 無効事由第四点について
明細書の発明の詳細な説明に実施例3として記載された1α-ヒドロキシビタミンD3の融点が、被告物件と相違することの持つ意味は、後記二(原告らの主張)の1の(一)に記載のとおりである。
また明細書によれば、1α-ヒドロキシビタミンD3が得られたことが、融点、紫外吸収、旋光度、赤外吸収、NMR、元素分析の測定を総合して確認されていることが認められ、これらの測定結果は、通常実験に伴う誤差の範囲を考慮すればすべて理論値と極めて合理的に一致しているものと認められるから、米国特許第一出願日当時に本件特許発明により1α-ヒドロキシビタミンD3が製造されていることに一点の疑問の余地もなく、したがって明細書の記載が不備との主張にも理由がないことは明らかである。
5 無効事由第五点について
被告らは、本件特許出願の審査過程において、原告RIMACが出願の当初、特許請求の範囲に「加熱により異性化させ」としていた文言を「熱的異性化により」と補正したから、これは明細書の要旨を変更したものだと主張する。
しかし、補正後の明細書における「熱的異性化により」が、明細書の全体的記載及び技術常識に照し如何に解釈されるかは前記2で述べたとおりであり、右が「加熱により異性化させ」と単なる表現の相違以外の意味を有しないことは明らかである。
右文言の補正は、単なる用語の不備を補正したものに過ぎず、外国出願の場合に良く行われることであって特段異とするに足りない。
したがって、右が要旨変更に当たる結果、特許法四〇条が適用され、特許出願が手続補正書提出時にしたものとみなされることを前提とする被告らの主張に理由がないことは明らかである。
二 争点2
(原告らの主張)
1 物の同一性
本件特許発明の目的物質は、本件特許請求の範囲に化学式と化合物名により特定された1α-ヒドロキシビタミンDであり、他方、被告物件は別紙被告物件目録のとおり化学式及び化合物名によって特定された1α-ヒドロキシビタミンD3であり、被告物件が、本件特許発明の目的物質に包含されることは明らかである。
(一) 融点が相違するとの主張について
被告らは、実施例に記載された1α-ヒドロキシビタミンD3の融点と、被告物件の融点は、一〇℃以上相違するから、物質としては異なる旨主張する。
被告らの主張するように、融点は、化合物に固有の値であり、化合物同定の一資料になるのであるが、融点は特に純度により変動するうえ、同一の試料についての測定値であっても測定方法によってもある程度は変動するものである。
してみると、1α-ヒドロキシビタミンD3の結晶を初めて開示した本件特許発明の米国特許第一出願日当時に得られた結晶と、その後二〇年近く経過した技術のもとに得られた結晶とで、純度に差があっても当然であるから、同一化合物の融点であっても右程度の相違が生じることは何ら不思議ではない。
事実、当時、他の文献において開示された1α-ヒドロキシビタミンD3の融点をみると、WARFが先願発明に関し特許出願後の補正の際に明細書に追加した融点は一二九~一三〇・五℃(甲二五)と本件特許の値よりもむしろ低く、またザ・メルク・インデックス第一一版(甲二六)には、一三四~一三六℃(ハリソン)、一三八~一三九・五℃(ファースト)という本件特許の値と同等の値が示されており、そればかりか被告物件の製造元であるデュファー社がした特許出願にかかる公開特許公報(甲一六)及び同社の1α-ヒドロキシビタミンD3製造にあたって指導的立場にあるハルケス博士が関与して作成され一九八二年に刊行されたテトラヘドロンレターズ第二三巻第九号(甲二一)には融点を一三四℃とする記載があり、比較的早期に発表された1α-ヒドロキシビタミンD3の融点は実施例に記載された融点とほとんど同一である。
他方、最近の1α-ヒドロキシビタミンD3の融点に関するデータ(甲五、二七ないし二九)は、右に比較して全般に高めであるが、それでも幅のある値であり、してみをと米国特許第一出願日当時に本件特許発明より得られた1α-ヒドロキシビタミンD3の融点が、発明当時の数値として合理的なものであること、被告物件の融点も他社の1α-ヒドロキシビタミンD3の融点と特に異なるものでないことが明らかであり、融点の相違をもって被告物件が本件特許発明の目的物質とは異なるとする被告らの主張に理由がないことは明らかである。
なお被告らは、原告RIMACが、ドイツにおいて融点が特定された1α-ヒドロキシビタミンD3に関する物質特許を得たことに基づき、本件特許発明の目的物質は純粋の物質であることが要件であるとか、融点が限定されるかのように主張するが、そもそも被告らの主張の趣旨が理解し難いばかりか、特許権は国ごとに独立したものであり、外国特許に関する事情を持出しても意味はない。その点を措いても特許発明のために完全に純粋な結晶を得る必要はどこにもなく、またドイツ特許では物質特許のみならず製造方法についても特許を受けているのであるから、被告らの主張はいずれにせよ理由がない。
(二) 元素分析値が相違するとの主張について
被告らは、本件特許発明により得られたとする実施例記載の1α-ヒドロキシビタミンD3の元素分析値が、1α-ヒドロキシビタミンD3以外の生成物を示している旨主張する。
しかし実施例記載の実測値は炭素原子が八〇・六パーセント、水素原子が一一・〇四パーセントであるのに対し、理論値(計算値)は炭素原子が八〇・九パーセント、水素原子が一一・〇七パーセントであり、この程度に実測値と理論値が一致しているときは、元素分析の結果には矛盾がないと判断するのが技術常識である。
1α-ヒドロキシビタミンD3のように複雑な構造の化合物になると、元素分析値の理論値が極めて近接した(あるいは同一となる。)他の化合物が存在するから、元素分析だけで結論を出ずことはいずれにしろできないが、元素分析とは、理論値との許容範囲を超えた大きな相違が存在するか否かを確認する程度の分析手段に過ぎないのであり、被告らの主張は、元素分析の精度の限界を超えた数字の遊びに過ぎない。
(三) 禁反言の主張について
(1) 被告らは、原告RIMACが、本件特許出願の審査過程において、次に記載されたBの形の式(以下「B式」という。)で1α-ヒドロキシビタミンD3が先願当初明細書に記載されたWARFの先願発明を引用した特許庁審査官の拒絶理由通知に対し、次のAの形の式(以下「A式」という。)で表記される本件特許発明の生成物である1α-ヒドロキシビタミンD3は、WARFの先願当初明細書に記載されたB式の化合物とは異なる旨主張したから、禁反言の原則により、B式の化合物は本件特許発明の権利範囲から除かれ、したがって本件において被告物件を本件特許発明の目的物質と同一である旨を主張できない旨主張する。
〈省略〉
A
〈省略〉
B
(2) しかし、A式もB式も1α-ヒドロキシビタミンD3という化合物の異なる表記方法に過ぎないから、これを異なる化合物であるかに取り扱う主張はそもそも理由がない。
すなわち、A式及びB式の化学式に矢印を付した結合は、一重結合であるから、この結合を軸としでその両側にある原子団は自由に回転することができる。そしてA式において、二個のヒドロキシ基が結合した六員環を含む原子団(図中点線で囲んだ部分)を、右の結合を軸として一八〇度回転させるとB式となる。ヒドロキシ基と六員環を結ぶ線は、ヒドロキシ基が紙面の裏側に向いているときは点線で書き、ヒドロキシ基が紙面の表側に立っているときは実線で書く習慣がある。したがって、A式と点線でつながっていたヒドロキシ基は、B式では裏表が逆転するので実線でつなぐことになる。同様に、A式と実線でつながっていたヒドロキシ基は、B式では点線でつなぐことになる。
矢印の結合を中心とする回転は常に生じているのであるから、一つの分子がある一瞬はA式の状態となり別の一瞬はB式の状態となり、また別の一瞬は、A式とB式の中間の状態をとっているのが実際であり、液体状態においては、その相互変換が極めて高速で行われており、また固体状態においてもA式、B式いずれであるかについては、現在に至っても確認されていない。
したがって、本件特許の明細書を含め通常の化学の文献においては、1α-ヒドロキシビタミンD3をA式、B式のいずれかの化学式を書くことにより化学構造を限定する意図があるとは考えられていないのであり、いずれの式を記載するかは便宜上のことに過ぎず、いずれの式で記載されても、同一の1α-ヒドロキシビタミンD3という化合物であることにはかわりない。
(3) 原告RIMACが出願の審査過程において提出した意見書には、確かに原告RIMACがA式とB式で表される化合物が異なる化合物であると主張したかのように解される記載があるが、それは1α-ヒドロキシビタミンD3のヒドロキシ基の結合態様が、原告RIMACの出願では1α、3βの状態であるのに、引例にかかるWARF特許では1β、3αであり、したがって1α、3βの化合物と1β、3αの化合物は違うものと、原告RIMACの出願代理人が錯誤したことに基づく主張である。
したがって、その錯誤内容に照らし、もし原告らが、本件特許を1β、3αにヒドロキシ基を有する化合物に対し適用しようとするならば、禁反言の原則により制限される余地があるであろうが、被告物件は1α、3βにヒドロキシ基を有する化合物であり、それは原告RIMACが右意見書中でも、本件特許の対象品だと述べているものであるから、そもそも1α、3βにヒドロキシ基を有する化合物である被告物件に関し、禁反言の原則が適用されるという被告らの主張は論理的でない。
また、もし原告RIMACが、引例のWARFの先願発明の目的物質と本件特許発明の目的物質が、共に1α、3βであっても、なお回転状態の相違があるから異なる等とまで主張していたのならば、被告らの主張にも意味があるかもしれないが、そもそも回転状態の相違に関する区別の問題など本件特許出願の審査過程のどこにも出て来ないのであるから、被告らの主張はやはり意味がないといわなければならない。
このように原告RIMACの出願代理人が、明らかに間違った陳述をしたのは、当時、原告RIMACが、WARFとの間で、1α-ヒドロキシビタミンD3の発明者がいずれであるかを争い、WARFの先願発明では1α-ヒドロキシビタミンD3は生成していないものと世界中の特許庁で主張していたので、そのような議論に影響されて、WARFの先願当初明細書に記載された化学式も間違っているとの錯覚に陥ってしたものだと思われる。
(4) また、そもそも禁反言の原則とは、出願の審査過程において出願人が意図的に自己の特許権の範囲を限定する陳述をした場合に、公平の原則に基づき、後に権利範囲を広く主張することは認めないという考え方である。
国家から付与された権利の一部を剥奪する結果を生ずる以上、そこには公平の原則に従い、権利を制限することが妥当と認められるような状況が存在すべきは当然であり、最低限、特許を取得する必要のために、意図的に自己の権利を狭く主張したことが認められなければならない。
しかしながら、本件特許出願の審査過程においてした原告RIMACの右主張は、右のとおり明白な錯誤に基づく陳述であると解され、このことは、通常の化学の知識を有する被告らその他の当業者にとっても明白であるから、出願代理人が何を言おうとしたかも容易に理解され、当業者が本件特許の権利範囲につき誤解するということもない。
また、そもそも特許庁審査官においても、WARFの先願当初明細書に記載された最終生成物の化学式(B式)と本件特許発明の目的物質の化学式(A式)が見かけの相違に拘らず同一化合物を表示すると認めたからこそ、WARFの先願発明を引用して拒絶理由を発したはずであり、そのような知識がある特許庁審査官が、出願代理人のした明白な錯誤に基づく主張に惑わされたとは考えられない。結局、特許庁審査官は再考して拒絶理由を撤回し、方法の相違に基づき原出願の特許性を認めたものである。してみると、本件のごとき明白な錯誤による陳述までが、禁反言の原則の適用の問題にならないことは明らかである。
(5) また仮に、本件特許発明の目的物質である1α-ヒドロキシビタミンD3がA式で限定されると解すべきであるとしても、1α-ヒドロキシビタミンD3は、前記のとおり少なくとも液体状態(被告ら製品のカプセル中では液体状態である。)では、極めて高速にA式とB式の間で相互変換しているのであるから、被告ら製品のカプセル中には必ずA式の化学構造をとる1α-ヒドロキシビタミンD3が含まれていることになる。
したがって、B式に関し如何なる議論があろうとも、被告物件が本件特許発明の目的物質を含んでいることにかわりはない。
2 本件特許発明の目的物質が新規であること
(一) 本件特許発明の目的物質であり被告物件でもある1α-ヒドロキシビタミンD3は、米国特許第一出願日当時、日本国内において公然と知られていなかった。
被告らは、ジャーナル・オブ・ザ・ケミカル・ソサエイ(C)(一九七〇年発行、乙五)に基づき1α-ヒドロキシビタミンD3は、米国特許第一出願日当時、公知とをっていたと主張するが、同文献には、1α―ヒドロキシビタミンD3という名称だけが記載されているだけで、この化合物が合成されたことが記載されているものではない。
したがって、右により1α―ヒドロキシビタミンD3が、米国特許第一出願日当時、公知であったとはいえない。
被告らは、右文献のほかに他の文献も援用し、当業者が1α―ヒドロキシビタミンD3を製造することは容易であったことも併せ主張することによって、1α―ヒドロキシビタミンD3が公知であったとも主張するが、これは1α―ヒドロキシビタミンD3の発明に進歩性があったか否かというときになす議論であり、特許法一〇四条の規定における新規性の有無とは次元の異なる議論であり、主張自体失当である。
(二) 被告らは、補正手続によって本件特許は明細書の要旨が変更されたものであるから、特許法四〇条により、特許出願の日は、右手続補正書が提出された昭和五一年二月二一日とみなされることを根拠として、本件特許発明の目的物質である1α-ヒドロキシビタミンD3の新規性が失われる旨主張するが、そもそも要旨変更の主張に理由がないことは、前記一(原告らの主張)の5で述べたとおりであるから、右を前提とする新規性喪失の主張には理由がない。
3 よって、被告物件は、方法の特許である本件特許発明の目的物質に当たり、かつ右目的物質は本件特許発明の優先権主張日である米国特許第一出願日当時、日本国内において公然と知られた物でなかったから、被告物件は、特許法一〇四条により本件特許発明により製造されたものと推定される。
(被告らの主張)
1 物が同一でないこと
(一) 融点が相違することについて
(1) 本件特許発明は、明細書の発明の詳細な説明に実施例3として、本件特許発明の目的物質のうを1α-ヒドロキシビタミンD3について、エーテル/ペンタンで再結晶させて、ア 四秒毎に一℃の割合で加熱昇温したときの融点は一三二~一三三℃であり、イ 二五秒毎に一℃の割合で加熱昇温したときの融点は一二八~一二九℃であると、その融点を特定している。
しかし被告物件について、再結晶溶媒と融点測定条件に関し右実施例3に忠実に従って融点を測定すると、前記測定方法アの場合には一四七・九℃、前記測定方法イの場合には一四一・三℃の融点となり、いずれの測定方法によっても、本件特許発明によって製造されたとする1α-ヒドロキシビタミンD3と被告物件とでは、融点に一〇℃以上の相違がある。
(2) ところで、有機化合物の分野では、同じ物質であれば、同一の融点を示すことから、融点は比較する物質の同一性を判断する際の決定的な要素であり、事実、化学関係の辞典類においても融点は物質固有の定数として化合物の判定に利用されると記載されている。
したがって有機化合物の融点において一〇℃以上もの差が生じるということは、いわゆる実験誤差の範囲と言える程度を超えているといわざるを得ず、化学常識上、被告物件と本件特許の目的物質は物として同一性を欠くと判断せざるを得ない。
(3) これに対し原告らは、米国特許第一出願日当時に本件特許発明により得られた結晶と現在の技術で得ちれた結晶とでは純度に差があるし、また測定方法によって誤差が生じるのであるから、融点にある程度の相違を生じても不思議ではなく、他の文献に現れた1α-ヒドロキシビタミンD3の融点を参照すると、実施例に記載された1α-ヒドロキシビタミンD3の融点は、十分合理的な誤差の範囲内にあると主張する。
しかしながら、原告RIMACは、本件特許発明に対応するドイツ特許の出願に際し特許発明の目的物質を「純粋なもの」と強調し、アイソマー(異性体)のない状態で計測した融点をもって目的物質の融点を特定して1α-ヒドロキシビタミンD3に関するドイツ特許を得たものである。すると、同じ発明に基づく特許である以上、本件特許発明においては目的物質の純度についても問題がないはずであり、実施例3の生成物は純粋であることが前提となるはずであるから、本訴において、本件特許発明によって得られた目的物質の純度が悪かったとの主張は許されない。
また、測定条件についてみても、被告らは実施例に規定された融点測定方法をもって、被告物件の融点を測定したのであるから、測定方法の同一性につき疑いを容れる余地は全くなく、右が融点の誤差を生じさせるはずはない。
逆に、原告らが引用する文献類に現れた1α-ヒドロキシビタミンD3の融点は、そもそもその融点の測定方法が実施例に規定された融点測定方法と異なるか、あるいはその測定方法の記載がなく不明なものであるから、実施例記載の特定された融点と異なっても特に異とするに足りず、これらの文献類に現れた他の融点記載との比較において実施例記載の融点が発明当時の数値として合理的なものであることを主張することなど全く的はずれの議論である。
(二) 元素分析値が相違することについて
(1) 本件特許発明の目的物質は、明細書の発明の詳細な説明において、融点、元素分析、赤外分析、NMR分析及び旋光度の値等のデータによって特定されている。
しかし右元素分析の結果を含め記載されたデータだけによっては得られたとする化合物の構造自体の特定はできないが、そのうち元素分析によれば少なくとも分子を構成する元素の特定はできるところ、実施例3には、得られた生成物を元素分析した測定結果が記載されているが、右によると、本件特許発明により得られた物質はC27H44O2の化学式で表される1α-ヒドロキシビタミンD3ではなく、かえってC26H42O2の化学式で表される化合物であることが示されている。
(2) 原告らは、単に炭素原子と水素原子の割合について、これが理論値と近似するから問題がないかのように主張するが、原告RIMACの発明は、前記したとおり純粋な1α-ヒドロキシビタミンD3の発明であったのであるし、1α-ヒドロキシビタミンD3の分子中には他には酸素原子があるだけなのだから、炭素原子と水素原子の割合のみならず酸素原子の割合も考慮に入れなければならないのであり、この点からも、本件特許発明の目的物質が1α-ヒドロキシビタミンD3と異なることが明らかである。
(三) 禁反言の主張について
(1) 原告RIMACは、本件特許出願の審査過程で、本件特許発明がWARFの先願発明と同一であるとの理由で特許庁審査官から拒絶理由通知を受けたが、これに対し本件特許発明の目的物質上右WARFの先願発明の目的物質とは化学構造が異なるから別の物質であると主張して、本件特許を受けたものである。
このように本件特許出願の審査過程で、本件特許発明の目的物質をWARFの先願発明の目的物質である1α-ヒドロキシビタミンD3とは別の物質としておきながら、本件訴訟になって、両者が同一であると主張することは、いわゆる禁反言の原則に照らし許されない。
したがって原告らは、本件において、WARFの先願当初明細書記載の目的物質と同一の構造である被告物件を、本件特許発明の目的物質と同一の物であるとは主張し得ない。
(2) 原告らは、特許請求の範囲を限定した主張等をした場合にのみいわゆる禁反言の原則が適用されるのであるから、本件特許出願の審査過程における右の釈明には本原則は関係がない旨主張する。
しかし、いわゆる禁反言の原則は、出願人が、当該特許出願の審査過程において特許請求の範囲自体を限定する主張、釈明をした場合に適用があることはもとより、特許請求の範囲自体を限定することがなくても、審査過程において、特許庁審査官の拒絶理由に対応し、発明の要旨を限定し、又は発明の特徴を明瞭ならしめるため、特許請求の範囲又は発明の詳細な説明の記載につき釈明をしたときにおいても同じく適用があるものと解されており、後者の場合においても出願人は、釈明前の明細書によって解される可能性のある技術的範囲を、釈明した内容に反して主張することができず、その結果その特許発明の技術的範囲は影響を受けるものというべきである。
したがって、本件特許出願の審査過程における原告RIMACのした前記の釈明は、後者の意味の釈明であるが、やはり禁反言の原則の適用があるものというべきである。
(3) 原告らは、右のほかにA式とB式で表記される1α-ヒドロキシビタミンD3は同一の化合物を意味する異なった表記方法に過ぎないのであり、原告RIMACが本件特許出願の審査過程で右両化合物を異なる化合物であると主張したのは、原告RIMACの出願代理人の「明白なる錯誤」であるから、本件のような明白な錯誤に基づく陳述の場合にはいわゆる禁反言の原則は適用されない旨反論する。
しかしながら、A式とB式で表記される化合物は両形態が存在し区別されている別異の物質である(前者をシス構造、後者をトランス構造という。)。
原告らはA式及びB式の矢印を付けた結合を軸としてその両側にある原子団が自由に回転することができると主張するが、そのような事実はなく右主張は誤りである。
また原告RIMACは本件特許出願において、プレビタミンD化合物からA式の化合物への異性化を特許請求しているぐらいであるから、相互に異性体であるA式とB式で表記される化合物も異なる化合物と扱うべきことは当然である。
なおA式とB式とを含めて単に1α-ヒドロキシビタミンD3という場合もあることは否定できないが、それはA式とB式の化合物の上位概念としていう場合であり、両者の区別が問題にされた場合には、両者は異なるとするのが当然である。
(4) また原告らは、右の釈明は、出願代理人の錯誤に基づくものであることを前提として、いわゆる禁反言の原則の適用がない旨主張するが、右の原則は、表意者の内心を尊重しようとするものではなく、出願人が客観的に表現したところに基づき権利範囲を確定しようとするものであるから、原告RIMACが特許庁審査官に対して強調して表明した主張にょり本件特許を得たという外形的事実がある以上、その経過における出願代理人の内心の錯誤などは論じる意味がない。
その点を措いても、前記のようにA式とB式で表記される化合物は化学的には区別されているのであるから、原告RIMACの出願代理人がA式とB式で表記される化合物を別の化合物であると主張したことには学問的な根拠があり、そもそも錯誤に基づくとの主張には理由がない。
また、原告らは、出願代理人は、当時、WARFの先願発明が完成していたか否かが原告RIMACとWARFとの間で論争となっていたから、その議論に影響されて錯誤をしたと主張するが、それを根拠づける証拠はないし、問題とするA式とB式で表記される化合物が同一でないとする主張と、WARFの先願発明が未完成であるとの主張とは、直接、関係のない議論であり、両者を混同するものとは考えられない。
しかも、外国特許の出願である本件特許の出願のような場合、拒絶理由通知に対する意見書を提出するに当たり、原告RIMACと出願代理人が十分な連絡等をしあったはずであるし、しかもそのような手続を経て提出した意見書の内容は、右のとおり学問的にも根拠がある単純かつ直截的な論理に基づく主張であるから、右主張が出願代理人の錯誤に基づくものであったということもあり得ない。
(5) そして本件特許出願の審査を担当した特許庁審査官は、原告RIMACから右意見書が提出された後は願書添付の明細書の記載が整理されていないことを指摘したにとどまり、これに対応して原告RIMACが明細書全文を書き直すことによって、本件特許出願は、後は何ら問題なく出願公告されている。原告RIMACがした右の本件特許の目的物質とWARFの先願発明の生成物質とが異なるとの主張がいれられて、本件特許出願が特許査定されるに至ったことは明らかである。
なお、この過程において、原告らが指摘するようなWARFの先願発明においては1α-ヒドロキシビタミンD3が生成していなかったとの事実が特許庁審査官に考慮された事実は認められないうえ、右のWARFの先願発明において1α-ヒドロキシビタミンD3が生成していたか否かに関する原告RIMACとWARF間の紛争は、結局は決着のつかないまま両者の和解で終了し、現実には、両者とも、各国において1α-ヒドロキシビタミンD3に関する特許を得るに至っているのであるから、WARFが先願発明の発明時に1α-ヒドロキシビタミンD3の生成に成功していなかったとの事実も存しない。
(四) したがって、本件特許発明の目的物質のうち1α-ヒドロキシビタミンD3は、化学式こそそのように記載されているが、そもそも被告物件と異なる物質であるから、特許法一〇四条の適用の前提となる物の同一性がないし、仮に右の主張がいれられないとしても、原告RIMACは、本件特許出願の審査過程において、本件特許発明の目的物質を、被告物件とは異なる化合物であると主張していたのであるから、いわゆる禁反言の原則に照らし、原告らは本訴において、被告物件が本件特許の目的物質と同一であるとは主張し得ない。
2 本件特許発明の目的物質が公然と知られていたこと
(一) 本件特許の優先権主張日前に1α-ヒドロキシビタミンD3が公然と知られていたこと
前記一(被告らの主張)の3で述べたとおり、1α-ヒドロキシビタミンD3が、米国特許第一出願日当時、日本国内において公然と知られていたことについては、多数の証拠があり、本件特許発明の目的物質である1α-ヒドロキシビタミンD3が公知であるか、少なくとも当該技術分野における通常の知識を有する者において1α-ヒドロキシビタミンD3を製造する手掛かりが得られる程度に知られていたことは明らかである。
したがって、本件特許発明の目的物質は、「公然知られた物でない」といえないのであり、この点においても、本件において特許法一〇四条の適用を認めることはできない。
(二) 要旨変更にょる新規性判断基準日の繰り下げ
本件特許の明細書の要旨が変更されたことは前記一(被告らの主張)の5で述べたとおりであり、本件特許の出願日が手続補正書を提出した昭和五一年二月二一日とみなされる結果、本件特許の特許法一〇四条に関する新規性の判断基準日も同じく手続補正書を提出した昭和五一年二月二一日となる。
したがって、前記一の5で述べたとおり、1α-ヒドロキシビタミンD3は当然公然と知られた物となるから、この点においても本件において特許法一〇四条の適用を認めることはできない。
3 よって、いずれにせよ本件には、特許法一〇四条の適用はない。
三 争点3
(原告らの主張)
1 イ号方法の主張、立証について
被告らは、被告物件の製造方法はイ号方法のとおりであると主張し、その立証としてハルケス博士の陳述書A(乙二三)及び同博士の宣誓陳述書B(乙二九)、コルネリス教授の検分報告(乙二四)、本訴被告ら代理人ら作成の報告書(乙二五)を提出している。
しかしながら、ハルケス博士の陳述書二通(乙二三、二九)は、被告らと同視される立場にある被告旭化成の輸入元であるデュファー社の化学開発部長作成にかかるものであって、実質は訴訟上の主張と大差なく客観性に欠けるものである。
コルネリス教授の検分報告(乙二四)は、外部の専門家の立会報告書ではあるが、同教授が反応の途中について検分した報告は全くなく、したがって証拠価値がない。またその点を措いても、被告らには、この立会製造の行われる以前に、原出らの本訴における主張、すなわちィ号方法によれば中間体に本件特許発明の出発物質が生成するゆえに本件特許権侵害となるとの主張が示されていたのであるから、被告らは反応液を逐次サンプリングして原告らの主張を確かめるべきであると考えられるのに、そのようなことすらされておらず、右検分報告の誠実性に重大な疑問がある。
また、本訴被告ら代理人ら作成の報告書(乙二五)は、本件被告ら代理人及び輔佐人がデュファー社で被告物件の製造に立会ったという報告書であるが、分析データが全く添付されておらず、ただデュファー社の説明を記録した以上の内容はなく、証拠価値に乏しい。
以上の通りであるから、被告物件が、イ号方法により製造されたものであることが立証されたとはいえない。
2 本件特許発明とイ号方法との対比
仮に被告物件が、イ号方法により製造されたものであるとしても、イ号方法が本件特許発明の技術的範囲に属することは、次のとおり明らかである。
(一) 薬学博士池川信夫作成の鑑定書(甲一五)
(1) 原告らは、ビタミン類合成の専門家である薬学博士池川信夫(以下「池川博士」という。)の立会のもとに、被告らが最初に被告物件製造方法を開示したハルケス博士の一九九〇年(平成二年)六月二八日付け宣誓陳述書A(本証添付別紙Ⅰ。化合物Ⅰは化合物15と記載されている。)に従い、化合物Ⅰを酸素の存在下に(反応装置に酸素を入れて、反応液と酸素を接触させながら)加熱しで1α-ヒドロキシビタミンD3を合成し、反応液中の成分を調べる実験を行ったが、右実験結果によると、先ず反応液中にプレ体が比較的多く生成し、次に1α-ヒドロキシビタミンD3が生成するという反応が生じることが認められた。
したがって、イ号方法においては、化合物Ⅰからプレ体が生成し、生成したプレ体から1α-ヒドロキシビタミンD3が生成していることが明確に認められる。
(2) 被告らは、イ号方法は反応液に空気をバプリングさせることを要件とするものであるから、本実験はイ号方法の追試にはなっていない旨主張する。
そして被告らは、甲一五添付別紙Ⅰに記載された被告物件製造方法の記載中「酸素(空気)の存在下で」とは、反応液に空気をバブリンクさせて行なう反応を意味するのであるから、イ号方法において反応液に空気をバプリングさせることが要件であることは明らかであると主張するが、右陳述書からそのように解すべき根拠はないし、「酸素(空気)の存在下」でとは反応液と接触する気相が酸素(空気)であることを意味すると解釈するのが当然であるから、イ号方法において空気をバプリングさせているとの被告らの主張には根拠がない。
また、イ号方法は反応時間を二四時間とするものであるが、本実験は反応時間内において、相当量の1α-ヒドロキシビタミンD3の生成をみているから追試実験としては十分であるし、また六五℃という温度は、溶媒のメチルアルコールの還流温度と同じであるから、反応温度においてイ号方法と本実験とでは条件に差異はないものといい得る。
したがって、本実験はイ号方法の追試実験といって差し支えなく、右実験結果によれば、イ号方法が、本件特許発明の技術的範囲に属することは明らかである。
被告らは、本鑑定書について、その他いろいろ批判を加えているが、いずれも理由がない。
(二) 薬学博士池川信夫作成の鑑定書(甲一九)
(1) 本鑑定書は、前記した被告らの反論、すなわちイ号方法においては反応液に空気をバプリングをしているとの反論を考慮し、反応液に供給する酸素(空気)量を変えた場合の、反応の状態を調べるため、再び池川博士の立ち会いを得てしたイ号方法の追試実験の鑑定書であるが、右鑑定書によれば、酸素が多く供給されるほど、速やかに本件特許発明の反応経路により1α-ヒドロキシビタミンD3が生成することが明確にされている。
(2) 被告らは、積極的にバプリングすることにより、イ号方法は、プレ体を生成することなく反応が進むのであるとして、前記した池川博士の鑑定書(甲一五)の実験がイ号方法の追試実験ではない旨主張するが、本実験によると、それとは逆にイ号方法においては酸素の供給速度を大きくするほどプレ体の検出量が増えるとともに、1α-ヒドロキシビタミンD3の生成速度も高まること、すなわち、酸素が多いほどプレ体を経由して1α-ヒドロキシビタミンD3を生成する本件特許発明の反応経路が進行していることがより明らかにされている。
この実験結果は、化合物Ⅰからプレ体が生成するまでの段階に酸素が必要であり、プレ体から1α-ヒドロキシビタミンD3が生成する反応は酸素に影響されないことを示しているものと考えられる。
すなわち、酸素の供給が多い場合にはプレ体がどんどん生成するが、プレ体から1α-ヒドロキシビタミンD3への反応は特に速くなるわけではないので、中間にプレ体が滞留する割合が多くなり、例えば甲一九・図2、図3のように、反応の初期にプレ体の方が1α-ヒドロキシビタミンD3よりも沢山存在する状態が明確に表れるのであるが、逆に酸素の供給が少ないと、プレ体の生成が遅くなるが、プレ体から1α-ヒドロキシビタミンD3への速度はあまり変らず、プレ体が滞留し検出される割合が減ると考えられる。
(3) また、イ号方法が本件特許発明の技術的範囲に属しない旨の被告らの主張の根幹は、イ号方法はプレ体を経由して進行するのではなく、化合物Ⅴを経由して進行するという点にあると理解されるので、原告らは、本実験の際に、実際に化合物Ⅴを単離してその加熱による反応を調べたが、この実験によれば、化合物Ⅴは、大部分が複雑な分解をして1α-ヒドロキシビタミンD3を生成することなく消えてしまうことが認められた。
化合物Ⅴから微量の1α-ヒドロキシビタミンD3は得られるが、それではイ号方法における1α-ヒドロキシビタミンD3の高い収率を到底説明することができないのであるから、やはり、化合物Ⅴから1α-ヒドロキシビタミンD3が生成するとの被告らの主張が事実に基づくものでないことは明らかである。
(4)ア 被告らは、本鑑定書のイ号方法の追試実験につき、サンプリングと分析時間の間隔が長すぎるのでそのデータを信用できない旨主張するが、その間隔の長短については、分析用のサンプルを採取後直ちにドライアイスボックス(マイナス数十度)で冷却保存し、後で実験者のスケジュールに合せて分析していることに由来しているのであり、これは実験化学の常識に属することであって、保存中にサンプルが変質することなどはないから、特に問題とすべきことではない。
なお、化合物ⅠのNMRチャートの日付については、前記の池川博士の鑑定書(甲一五)の実験に関連して、イ号方法の副生物を単離し同定する作業を平成二年末から三年の春にかけて行った際、化合物Ⅰのチャートを得ていたので、これを添付したものである。
イ 被告らは、また、化合物Ⅴに関する実験内容に関して、そのやり方がまずかったのではないかと主張すみが、そもそも化合物Ⅴから1α-ヒドロキシビタミンD3が生成することを証明すべきは被告らである。
デュファー社では、化合物Ⅴを単離し、その構造決定をも行っているのであるから、化合物Ⅴを加熱して、速やかに収率よく1α-ヒドロキシビタミンD3に変換することを証明することは、もし被告らの主張が正しければ、何の困難もなく行い得るはずであるのに、本訴において十分な時間がありながら、被告らはそのような立証活動を一切していない。これは被告らの主張が虚偽であることを物語っている。
(三) ハルケス博士の陳述書(乙三一)
(1) 被告らは、イ号方法の実験報告書としてハルケス博士の陳述書(乙三一)を提出し、この実験結果によれば、プレ体の検出量が少ないから1α-ヒドロキシビタミンD3は化合物Ⅰから直接生成しているのだと主張する。
そして、併せて同博士の陳述書C(乙三二)を提出し、イ号方法は、酸素の不存在下ではプレ体を経由して進行するが、酸素の存在下ではプレ体を経由しないとも主張する。
(2) しかし、本実験結果に関する被告らの解釈は、実際に検出されているプレ体の量が多過ぎるので成り立たない。かえって本実験結果は、プレ体を経由する本件特許発明の反応が生起していることを示している。
被告らは、本実験におけるプレ体の検出量では、プレ体からすべての1α-ヒドロキシビタミンD3が生成していることを説明できないと主張するが、被告らの議論は、プレ体が1α-ヒドロキシビタミンD3に変化する割合のみに基づくものであって、中間体と最終生成物の比率を検討する正しい方法に基づくものではない。
すなわち、X→Y→Zという反応において、中間体Yが検出される濃度は、その中間体が生成する速度と、中間体が消費される速度(生成物に変る速度)の両方に依存し、前者と後者の反応速度の比率により、検出される中間体の濃度は大幅に変るのである。これは化学反応に関する基礎的知識に属することであり、右のとおりである以上、中間体の検出濃度だけをとらえて議論してもはじまらないのである。
ある中間体が検出されること、そしてその中間体から目的物質が(目的物質の全体としての収率と生成速度を説明できる程度に)生成することが証明されれば、反応経路の証明としては一般に十分というべきである。
しかも、本件においては、当事者双方の実験(甲一五、一九、乙三一)において、中間体であるプレ体が、1α-ヒドロキシビタミンD3から熱的平衡反応により生じたと解釈した場合と比べて桁外れに高い割合で検出されている。
したがって、どう解釈しようとも、1α-ヒドロキシビタミンD3の少なくとも実質的な割合が本件特許発明の反応経路により生成していることは争いようがないというべきである。
(3) 被告らは、右の点を論じた池川博士の意見書(甲一八)について、同意見書でプレ体の量を検討する際にプレ体と1α-ヒドロキシビタミンD3の比率(被告らの表現ではP÷D)を使用した点を、誤導的であると非難しているが、右意見書の数値を被告ら主張のように換算したからといって何ら本質が変るわけではないので、被告らの批判には意味がない。
(四) 原告帝人株式会社医薬岩国製造所医薬第一工場研究第一班長岡村憲明作成の実験報告書(甲二四)
(1) 被告らは、イ号方法で生成が認められるプレ体は、先に生成した1α-ヒドロキシビタミンD3から熱的平衡反応によって生成すると主張する。
仮に、イ号方法の反応経路が、右のとおりであるならば、その場合のプレ体と1α-ヒドロキシビタミンD3の比率は、被告ら主張の反応条件に設定した反応容器に、実際に1α-ヒドロキシビタミンD3が生成する速度に準じて、1α-ヒドロキシビタミンD3を連続的に添加していき、その中で生成するプレ体の量を測定するモデル実験により示されるはずであり、また、原告らの主張する反応経路におけるプレ体のモル比については、プレ体を連続的に添加しながら、生成する1α-ヒドロキシビタミンD3との比率を測定するモデル実験により示されるはずである。
(2) そこで、原告らは、右のモデル実験をなし、その実験結果は本実験報告書記載のとおりであるが、ハルケス博士の陳述書(乙三一)の実験結果と比較すると、被告ら主張の反応経路を確認した前者のモデル実験結果は右陳述書の実験結果と相違するが、原告ら主張の反応経路を確認した後者のモデル実験結果は右陳述書の実験結果と類似していることが認められる。
したがって、右陳述書の実験結果自体によっても、原告ら主張の反応経路でイ号方法における反応が進行していることが支持されていることが認められる。
(五) なお、被告らの主張の誤りは、デュファー社の担当者であるハルケス博士の過去の特許出願及び文献発表を見ても明らかである。
すなわち、デュファー社の特許出願(甲一六、一七)によれば、イ号方法は短時間で中止するとプレ体の製造方法となり、イ号方法はこれをさらに長時間反応させることによってプレ体から1α-ヒドロキシビタミンD3を製造する方法であることが明らかである。
また、ハルケス博士の陳述書C(乙三二)には、酸素不存在下なら同陳述書二頁の式、酸素存在下なら同陳述書三頁の式との説明があり、被告らは右を前提にして主張しているが、酸素不存在下とされている前者の反応は、酸素を必要とする反応である。このことは、右ハルケス博士らにより発表されたテトラヘドロン四〇巻七号一一七九~一一八二頁(甲二〇)及び同文献に関するハルケス博士も関係したテトラヘドロンレターズニ三巻九号九九五~九九八頁(甲二一)において、イ号方法は、酸素の影響によりプレ体を生成し、プレ体から1α-ヒドロキシビタミンD3を生成するものであることが、理論的に当然とされ、かつ実験的にも確認されていたことから明らかである。
被告らは、右に関していろいろ反論しているが、要は化合物Ⅴから1α-ヒドロキシビタミンD3が生成するとの主張につき積極的証明がない以上、ハルケス博士の陳述書(乙三二)の議論は意味がないものであり、取り上げるに値しない。
3 被告らの本件特許発明の特徴に関する主張についての反論
(一) 被告らは、本件特許発明はプレ体を単離し、プレ体のみを加熱して1α-ヒドロキシビタミンD3を生成させる方法に限定されていると主張する。
しかし、本件特許は、その明細書から明らかなように、1α-ヒドロキシビタミンD3を合成する方法を詳細に開示したうえで、特許請求の範囲においては、プレ体から1α-ヒドロキシビタミンD3を製造する工程のみを記載しているのであり、右のように限定すべき根拠はない。
すなわち、一般にA→B→C→Dのように、多数の工程を経て新規有用なDを得る発明をした場合、特許請求の範囲には最終工程のみを記載するのが、普通の特許実務であり、特許請求の範囲に反応の最終段階を記載したからといって、最終段階の原料を単離しでそれのみを使用することを意味するものではない。
(二) 被告らは、また本件特許発明の熱的異性化とは酸素や空気を排除した反応を意味すると主張する。
しかし、そもそも地球の大気中には酸素が存在するのであるから、特に断らない限り、反応の雰囲気に酸素が存在することは普通に予定されていると解すべきは当然であり、しかも酸素の存否は本件特許請求の範囲に何ら記載されていないのであるから、これが権利範囲の有無に関係するものとは解されない。
なお明細書の発明の詳細な説明には空気を除いてアルゴン雰囲気下でした実施例が記載されているが、ビタミンのような複雑な構造を有する化合物を用いて精密な実験を行う場合、酸化作用により副反応を起こすおそれを少しでも避けるために空気を除いて不活性気体とよばれるアルゴンや窒素などの中で行うことが多いのであり、右実施例の記載もそれだけの意味に過ぎない。
(三) また、被告らの熱的異性化に関連するその余の主張は理解しにくいが、その論旨は、本件特許発明は、プレ体から1α-ヒドロキシビタミンD3が生成する反応であり、1α-ヒドロキシビタミンD3からプレ体が生成し、そのプレ体から1α-ヒドロキシビタミンD3が生成する反応を含まないということのようである。
しかし、原告らは、イ号方法においては、まさに出発物質から先ずプレ体が生成し、そのプレ体から1α-ヒドロキシビタミンD3を生成しているがゆえに特許権侵害だと主張しているのである。
被告らが主張するとおり、最初に1α-ヒドロキシビタミンD3が生成し、1α-ヒドロキシビタミンD3から熱的平衡反応によりプレ体が生成する場合には、プレ体の濃度は、平衡値である一七パーセントを超えることができない。したがって、イ号方法の反応系において、プレ体と1α-ヒドロキシビタミンD3の合計に対し、常にプレ体の濃度が一七パーセント以下(プレ体の1α-ヒドロキシビタミンD3に対する割合としては二〇パーセント以下)であるならば、被告らの主張も一応議論の対象になり得るかも知れない。
しかし、ハルケス博士の陳述書(乙三一)の実験結果においても、反応時間二四〇分まで、プレ体の割合は平衡値よりも遙かに高いのである。また、池川博士の鑑定書(甲一九)の実験結果によれば、被告らの開示した条件に近づけて空気をパブリングさせた場合、反応初期においてプレ体の方が圧倒的に多く検出される。
したがって、イ号方法は、まさに被告らの主張する意味において、本件特許発明の技術的範囲に属するのである。
(四) 被告らの議論は、要するに本件特許発明の方法とは予め純粋なプレ体よりなる出発物質を異性化して1α-ヒドロキシビタミンD3を製造する方法に限るという誤った前提に基づくものである。本件特許発明は、最初から純粋なプレ体を使用する場合も、プレ体を反応中に製造する場合も当然含むのであり、イ号方法により製造された被告物件のうち実質的に意味のある量が本件特許発明により生成したものであるならば、イ号方法が本件特許発明の技術的範囲に属することは明らかである。
4 まとめ
本件においては、前記主張のとおり、特許法一〇四条の適用があるため、被告らにおいて、被告物件の製造方法を立証し、その方法が本件特許発明の技術的範囲に属しないことを主張、立証しなければならをいが、そもそも被告物件の製造方法がイ号方法であったことの立証はないのであるから、被告物件を用いてする前記第二の二の行為が本件特許権を侵害するものであることは明らかである。
また、仮に被告物件がイ号方法により製造されているものであるとしても、前記のところから明らかなように、イ号方法が本件特許発明の技術的範囲に属しない旨の立証はなく、かえって、いずれの実験結果もイ号方法が本件特許発明の技術的範囲に属することを示しているのであるから、特許法一〇四条の適用が仮にないとしても、イ号方法が本件特許発明の技術的範囲に属することは十分認められ、いずれにせよ被告物件を用いてする右行為は、本件特許権を侵害することになる。
(被告らの主張)
1 イ号方法の実施
(一) 被告らが、本件期間中に製造販売したアルファカルシドール製剤の原末である被告物件は、別紙イ号方法目録記載のイ号方法によりデュファー社において製造されたものである。
右事実については、ハルゲス博士の陳述書A(乙二三)、同博士の宣誓陳述書B(乙二九)、第三者であるコルネリス教授の検分報告(乙二四)及び本訴被告ら代理人ら作成の報告書(乙二五)により十分認められる。
2 イ号方法の特徴
(一) イ号方法は、次のような特徴を有する化学反応である。
(1) 化合物Ⅰを出発物質としており、出発物質にプレ体自体を用いていない。また、反応の当初から酸素(空気)を積極的に供給して反応に関与させている。
(2) 化合物Ⅰは反応開始後短時間で中間体Ⅱに変換し、その後、別の化合物Ⅴが生成する。それと並行して1α-ヒドロキシビタミンD3の生成が開始する。
(3) 中間体Ⅱは次第に量が少なくなり、化合物Ⅴの生成量が反応の初期に増加するが、三六〇分後には両者はほとんど消失している。
(4) 反応の当初からプレ体よりも多い相当量の1α-ヒドロキシビタミンD3が生成し、反応過程において1α-ヒドロキシビタミンD3の量が増大し、並行して中間体Ⅱ及び化合物Ⅴの量が減少して行く。
(5) 反応中に、1α-ヒドロキシビタミンD3の生成量は急激に多くなって行く。
(6) 反応経路においては中間体Ⅱのみでなく化合物Ⅴも重要な役割を果している。
(7) プレ体の生成も観察されるが、それは初期段階での微量程度の発生であり、この時でさえもその生成量は1α-ヒドロキシビタミンD3の生成量に比較し少ない。
(8) このような結果からしても、イ号方法においてはプレ体を経ずに1α-ヒドロキシビタミンD3が生成しているものと考えられる。
(二) なお、イ号方法の反応の初期には、微量のプレ体が生成することが認められるが、右プレ体は、イ号方法においては化合物Ⅴを経る反応経路による1α-ヒドロキシビタミンD3の生成が圧倒的に大量であるので1α-ヒドロキシビタミンD3への変換が抑圧され、初期微量生成のものがそのままプレ体にとどまっていると考えられる。
右の事実は、ハルケス博士の陳述書(乙三一)及び同博士の陳述書C(乙三二)により認められる左記事実より支持されている。
(1) すなわち、酸素のない状況下で化合物Ⅰを反応させると、中間体ⅡからヒドラジンⅠbが生成され、その後反応混合物を冷却後、酸素にさらすことによりアゾ化合物Ⅳを経てプレ体が生成されることが文献(甲二〇)上も知られている。右反応は化合物Ⅰが検出されることが特徴である。なお右において、一旦生成後、単離されたプレ体は、熱的平衡反応により1α-ヒドロキシビタミンD3になる。
(2) しかし、イ号方法のように酸素の存在下で反応を行わせた場合、中間体や不純物の生成の後、直接的かつ大量に1α-ヒドロキシビタミンD3が検出されるが、プレ体を経由する必須のヒドラジンⅠaは検出できず、かえって全く反応メカニズムを異にする化合物Ⅴの生成が確認される。
(3) このように、反応当初から反応液に酸素(空気)を十分送り込むか、あるいは反応当初に酸素(空気)を遮断するかにより、反応機構は非常に異なってくることが認められる。
(4) 当初、酸素を存在させない場合には、ヒドラジン化合物を冷却し酸素に曝すことによりプレ体となるという反応メカニズムが知られているが、当初から酸素が存在する場合はこれと異なるのである。
(三) こうした反応機構に照らすと、化合物Ⅰの反応に酸素を積極的に供給するイ号方法においては本来的にプレ体の生成はあり得ない。
右のとおりハルケス博士の陳述書(乙三一)のイ号方法の追試実験において、反応初期にプレ体が微量検出されているのは、おそらく初期段階での酸素の供給が充分でなかったことによる結果か又は分析に必然的に要する時間の中での変化によるものかと推測される。
しかし、いずれにしても微量で一定量のものであり、かつ初期段階で一時的に生成するものが検出されるに過ぎず、しかもそのプレ体は1α-ヒドロキシビタミンD3に変換するものではないから、イ号方法全体の反応の特徴を規定するものではない。
3 本件特許発明の特徴
(一) ところで本件特許発明は、通常良くあるような二種の化合物の化学反応ではなく、1α-ヒドロキシビタミンDを得る最終工程における一種の化合物の分子内の二重結合の配置の変換を特徴とした1α-ヒドロキシプレビタミンDから1α-ヒドロキシビタミンDへの熱的異性化を特許請求したものである。
それゆえ、副反応物の生成もほとんどなく、他に副反応が生じていないのが本件特許発明の基本的な特徴の一つである。
(二) また特許発明の技術的範囲は、開示された明細書から客観的に認定できる発明者の認識の限度で画されるべきところ、本件特許発明について本件に関係する1α-ヒドロキシビタミンD3に関する限りでみると、その明細書に開示されたところによれば、プレ体そのものから熱的異性化により1α-ヒドロキシビタミンD3を製造することが本件特許発明の発明者の認識の限度であると認められる。したがって本件特許発明の技術的範囲は、プレ体そのものを熱的に異性化して1α-ヒドロキシビタミンD3を生成することにあると解される。
(1) すなわち、本件特許請求の範囲は、要するにプレ体を熱的に異性化して1α-ヒドロキシビタミンD3を得ることであり、また発明の詳細な説明の項には、プレ体を直接、加熱異性化する実施例三例が記載されているから、本件特許発明の技術的範囲の特徴として、本件特許発明の出発物質がプレ体そのものに限定されるということが明らかである。
またWARFの先願発明との同一性判断を回避し本件特許を有効なものと解釈するためには、プレ体以前の段階をすべて捨象し、出発物質をプレ体としてここから出発していると限定解釈して、WARFの先願発明による一連の工程からなる連続処理方式と区別することが必要である。
したがって、出発物質がプレ体そのものではない異性化反応は本件特許権の侵害にはなり得ない。
(2) また、本件特許発明にいう「熱的異性化」とは、要するに熱だけを異性化の要因としてプレ体から1α-ヒドロキシビタミンD3へ異性化することであり、異性化反応において、触媒を利用したり酸素のような他の要素を異性化反応に積極的な意味をもたせて使用することを排除した異性化と解すべきである。
すなわち、もともと本件特許出願当時、ビタミンを生成する反応は、ビタミンが反応経路で空気に曝されると分解が進んでしまう関係もあって嫌気反応であることが常識的な事項であったので、実施例をみても、アルゴン雰囲気下において反応させており、酸素や空気を意識的に排除していることが明らかである。したがって本件特許発明が、空気不存在下(酸素不存在下)での触媒等を用いない熱だけによる異性化反応を技術的思想としたものであることが明らかである。
(3) そしてさらに本件特許発明の背景にある技術に一歩踏み込むと、本件特許発明にいう熱的異性化とは、微視的に個々のプレ体分子がビタミン分子になることではなくて、巨視的に反応系全体を見てプレ体の絶対量の減少とこれに対応する1α-ヒドロキシビタミンD3の増加が要求されていると解すべきである。
ア すなわち熱的異性化とは、プレ体と1α-ヒドロキシビタミンD3に関して言えば、同一の原子構成の二種の分子であるプレ体と1α-ヒドロキシビタミンD3が熱エネルギーの助けによって、熱的平衡反応によりプレ体から1α-ヒドロキシビタミンD3へ又は1α-ヒドロキシビタミンD3からプレ体へ変換することである。
しかしたとえば一〇〇パーセントの1α-ヒドロキシビタミンD3から、ある温度の加熱によって、プレ体二〇パーセント及び1α-ヒドロキシビタミンD3八〇パーセントの含量比の混合物に変化させた場合について考えると、そもそもプレ体と1α-ヒドロキシビタミンD3の混合物の一分子に着目すればそれはプレ体分子と1α-ヒドロキシビタミンD3分子との間を行ったり来たりしているのであるから、熱的異性化による熱的平衡状態に達するまでの変化とは、結局、1α-ヒドロキシビタミンD3からプレ体への変化量よりプレ体から1α-ヒドロキシビタミンD3への変化量が大きいことにより、巨視的に見るとプレ体から1α-ヒドロキシビタミンD3への変化が起こっているように観察されるという現象に過ぎないのである。
イ ビタミン学Ⅰ・一一〇頁(乙二七)には、プレ体と1α-ヒドロキシビタミンD3との間の熱的平衡状態に達するに要する時間及び最終的に平衡に至った場合のプレ体及び1α-ヒドロキシビタミンD3のそれぞれの両者の合計に対する割合が記載され、プレ体が熱的平衡反応によって一定の割合のプレ体と1α-ヒドロキシビタミンD3の混合状態に変換することがプレ体から1α-ヒドロキシビタミンD3への異性化であることが示されている。
ウ デュファー社が、六五℃の条件でこの異性化についてどのように進むか実験したハルケス博士の実験データ(乙三七)によれば、プレ体の1α-ヒドロキシビタミンD3への異性化は、反応全体としてプレ体の一方的減少と1α-ヒドロキシビタミンD3の一方的増加という点が特徴であることが理解される。
エ 以上のことから、本件特許発明の技術的範囲とは、ハルケス博士の実験データ(乙三七)で示されたように、巨視的に観察されるプレ体の絶対量の減少とその減少分が直接1α-ヒドロキシビタミンD3に変化した場合の異性化に限定されると解すべきである。
4 本件特許発明とイ号方法との対比
(一) 本件特許発明とイ号方法とは、前記したところから明らかなように、全体の構成が異なっており、イ号方法は、本件特許発明の技術的範囲に属しない。
(1) すなわち、本件特許発明はプレ体を出発物質としてこれを異性化させることを要件とするところ、イ号方法は化合物Ⅰを出発物質として処理するものであり、出発物質が異なる。
(2) 本件特許発明は熱的異性化のみを要件としているところ、イ号方法は酸素を積極的に使用しているのでこの点においても本件特許発明とは異なる。
また、イ号方法においては、生じたプレ体の絶対量が反応中で変化していないので本件特許発明にいう熱的異性化によって1α-ヒドロキシビタミンD3を製造したことにはならない。
(二) 本件特許発明とイ号方法とは化学的にも異なる反応形態である。
すなわち、本件特許発明は分子内部の二重結合の状態が変わるだけの反応であるが、イ号方法は出発物質から構造の変わる1α-ヒドロキシビタミンD3を得るいわゆる化学反応を行う方法である。
原告らは、イ号方法においてのプレ体と1α-ヒドロキシビタミンD3の量比だけを取り出して比較しようとするが、比較すべきなのは反応全体の態様であって原告らの主張は失当である。
(三) 本件特許発明とイ号方法とは、議論の基礎をなすべき化学の反応機構としても全く別の類型に属するものである。
すなわち、本件特許の出願当初の明細書においては、コレステロールを出発物質として中間体を得る工程と、その後の紫外線照射による開環後に生成する1α-ヒドロキシプレビタミンDから1α-ヒドロキシビタミンDを得る工程とが特許請求されていた。その連続的な工程はコレステロールを出発物質とする1α-ヒドロキシビタミンD誘導体の生成という一九三〇年代からの常套的な方法であるが、これに対し、イ号方法はビタミンD3を出発物質とする斬新な方法である。
要するに同じ1α-ヒドロキシビタミンD3を得る方法ながら、化学方法としては、明確に大別できる別異の方法である。このように、本件特許発明とイ号方法とは、ステロイドルートとビタミンD3ルートというように化学そのものが違うことを、対比にあたっては考慮に入れなければならない。
(四) 本件特許発明とイ号方法との対比にあたっては、実際に明細書において開示された技術がいかなるものであるかを基礎として当該発明の技術的範囲を確定するという基本的判断の枠組が尊重されるべきである。
本件特許発明においては、明細書を検討する限り、プレ体自体が反応系に投与され、これを熱的異性化により1α-ヒドロキシビタミンD3に変換する(ステロイド変換方法)ことが開示されているに過ぎず、プレ体ではないイ号方法の出発物質から1α-ヒドロキシビタミンD3を得るという方法(部分変換法)は開示されておらず、両者は別異の化学体系にある。
このように本件特許発明とは化学的に別系統の方法であると理解されているイ号方法をもって、本件特許発明の技術的範囲に属しめるような解釈は誤りである。
5 イ号方法に関する原告らのその他の主張、立証に対する反論
(一) 原告らは、イ号方法においては最初にプレ体が生成し、これがすべて1α-ヒドロキシビタミンD3に変換すると主張するが、右主張を支持すべき事実はない。
この原告らの理論的予測が間違いであったことは、原告らが主張の基礎とする池川博士の鑑定書(甲一五、一九)によっても明らかである。
(二) 原告らは、反応当初のプレ体の生成量は熱的平衡反応で1α-ヒドロキシビタミンD3からプレ体に変換する量を超えているので、イ号方法はプレ体から1α-ヒドロキシビタミンD3への変換があるとすることによってのみ合理的な説明が可能であるとする。
これが合理的な説明でないことは後述するとおりであるが、この部分の主張も何ら事実に基づくものではなく、ただ理屈として説明しているだけであり、むしろ原告らの主張では説明のつかない事実が存在する。
(1) 第一に原告らが主張するように出発物質である化合物Ⅰがすべてプレ体になりそれが1α-ヒドロキシビタミンD3になるとするのであれば、特定の反応時間における1α-ヒドロキシビタミンD3の量はプレ体を順次時間の経過とともに投入しこれが1α-ヒドロキシビタミンD3になる場合と比較して同等になる筈である。
しかし、イ号方法の実験結果(乙三一)と六五℃におけるプレ体から1α-ヒドロキシビタミンD3への異性化の進行を観察したハルケス博士の実験データ(乙三七)とを比較すると明らかなように、反応の各段階において、プレ体からの熱的平衡反応から予想され得るよりも遙かに多くの1α-ヒドロキシビタミンD3が生成することが認められている。生成する1α-ヒドロキシビタミンD3がプレ体経由であるとする原告らの主張が失当であることは明らかである。
(2) また原告らが論拠とする池川博土の意見書(甲一八)は、右のような失当な主張に基づくものであるし、また被告ら実験データと異なる計算方法による数字を基礎として論じるものであって極めて誤導的なものであり、とても正当な議論ではない。
(三) 原告らは、ハルケス博士の陳述書(乙三一)の実験結果の見方に関して、イ号方法の出発物質をX、プレ体をY、1α-ヒドロキシビタミンD3をZに擬したうえ、最初からX→Y→Zという形の反応(逐次反応)を前提として論じているが、本件ではイ号方法が逐次反応であることを裏付ける証拠はないばかりか、逆に前述のとおり逐次反応では説明し得ない1α-ヒドロキシビタミンD3の生成が実験結果より認められているのであるから、その主張の前提が間違っているのであり、その余の議論には意味がない。
さらに、熱平衡による異性化反応においては、個々の分子だけを観察すると常にY→ZやZ→Yの変換が生じていることになるので、そもそも個々の分子の挙動に注目して主張することが誤っていることは前述のとおりであり、巨視的な観察においてYが減少してこれがZになる、すなわちプレ体が減少して1α-ヒドロキシビタミンD3になることが立証されなければ侵害にはならないというべきである。
(四) 原告らが主張の根拠とする池川博士の鑑定書(甲一五、一九)及び原告帝人株式会社医薬岩国工場医薬第一工場研究第一班長岡村憲明作成の実験報告書(甲二四)はいずれも採用できない。
すなわち、池川博士の鑑定書(甲一五)の実験は、イ号方法の要件であるバプリングをしていないためイ号方法の追試実験になっておらず、本件においては証拠価値がない。
また、池川博士の鑑定書(甲一九)の実験は、サンプリング後、その分析まで長時間を要していることから、分析結果が事実を反映しているものとはいえない。同鑑定書の実験は、このようにイ号方法とは異なった条件、熟練度や異なった分析方法等ゆえにデュファー社の実験結果(乙三一)とは異なった結果となったものと考えられる。また同鑑定書には、化合物Ⅴがどのような物に分解したのかの説明がない。
また右実験報告書(甲二四)に至っては、そのNMR分析が、実験があったとする平成四年一月九日の約一年前である平成三年二月二〇日付けであるし、また分析した実験結果の生データすらないのであり、この実験結果報告書には証拠価値がないといわなければならない。
(五) 原告らは、デュファー社の特許出願(甲一六、一七)に基づき、イ号方法では中間体にプレ体が生成することは明らかである旨主張するが、右は右特許出願にかかる発明内容を誤解したものであり失当である。
(六) 原告らは酸素不存在の反応に関するハルケス博士の陳述書C(乙三二)の二頁の説明に関し、この反応は酸素の存在下で進行しむしろ酸素が必要であるとの誤解を前提に同陳述書の説明が失当であると主張する。
確かに、ヒドラジンⅠaを空気に曝すと酸化されてアゾ化合物Ⅳになり、この段階では酸素が存在するが、被告らが取り上げて論じ、かつ現実にも反応の進行に大きな影響を及ぼす酸素の存在不存在はこの段階での問題ではなく、反応のもっと最初の段階、すなわち化合物Ⅰに対して酸素を供給するか酸素不存在下で行うかの問題である。
また原告らは、ハルケス博士らにより発表されたテトラヘドロン四〇巻七号一一七九~一一八二頁(甲二〇)及び同文献に関するハルケス博士も関与したテトラヘドロンレターズ二三巻九号九九五~九九八頁(甲二一)によれば、イ号方法は、酸素の影響によりプレ体を生成し、プレ体から1α-ヒドロキシビタミンD3を生成することが理論的に当然のこととされていた旨主張する。
しかし、同文献を素直に読めば、いずれにおいても反応当初は酸素不存在下であり、酸素が存在しているのはヒドラジンⅠaができてからのことであることが明らかである。原告らの主張は、右文献を読み誤った事実に基づくもので失当である。
(七) 原告らは、化合物Ⅴから1α-ヒドロキシビタミンD3は生成しないと主張する。
しかし、右の根拠となった池川博士の鑑定書(甲一九)における実験は、実験が稚拙であったものと考えられるし、また右化学反応が非現実的であるとする池川博士の意見書(甲一八)は、置換ジヒドロピリダジンの議論を未置換ジヒドロピリダジンの議論と取り違えるなどの誤りをおかしているものであって、そのため化合物Ⅴに関する議論が誤ったものと考えられる。
そもそも、化合物Ⅴは原告帝人のした実験(甲一九)でも生成が確認されているものであり、この量の減少が1α-ヒドロキシビタミンD3の生成量の増大となっており、化合物Ⅴが1α-ヒドロキシビタミンD3の生成に大きな影響をもっていることは明らかである。
ハルケス博士の陳述書(乙三一)の実験においても、化合物Ⅴが反応の過程で実質的な量発生し二~三時間で最大値に達し検出できる副生成物を生成することなく消滅することが認められている。
化合物Ⅴの存在がイ号方法の反応機構に影響を与えることは確かである。
四 争点4
(原告らの主張)
原告らの権利(ただし、原告帝人が専用実施権設定登録前に有していた権利については、左記1のとおり。)及び被告らの行為は、前記第二の二のとおりであるが、以下に述べるとおり、被告ら及び扶桑薬品工業が被告物件を用いてした右行為は、原告らの権利を故意又は過失により侵害するものであるので、被告らは、右によって原告らが受けた損害を賠償する責めを負うべきである。
1 原告らの権利及び原告帝人の実施
原告帝人は、昭和五〇年五月、本件特許権の特許権者である原告RIMACより本件特許権について独占的通常実施権の許諾を受けて、日本国内におけるアルファカルシドール製剤の商品化を行い、昭和五五年に厚生大臣から製造承認を受けて、昭和五五年よりアルファカルシドール製剤「ワンアルフア」を製造販売し、さらに専用実施権の設定を受けて、平成三年一月二八日にその登録を了したものである。
2 被告ら及び扶桑薬品工業の過失
(一) 被告ら及び扶桑薬品工業がした前記第二の二の行為が原告RIMACの有する本件特許権を侵害することについて被告ら及び扶桑薬品工業に過失があることは、特許法一〇三条の適用により推定される。
(二) 被告ら及び扶桑薬品工業がした前記第二の二の行為が原告帝人が有する本件特許権の独占通常実施権及び専用実施権を侵害することについて被告ら及び扶桑薬品工業に過失があることは、独占通常実施権を侵害することについては特許法一〇三条の類推適用により、専用実施権を侵害することについては同条の適用により推定される。
(三) また、仮に独占的通常実施権を侵害する行為について同法一〇三条の類推適用がないとしても、原告帝人は、被告ら及び扶桑薬品工業が、アルフカルシドール製剤の製造販売を開始する平成二年七月前に、被告ら及び扶桑薬品工業に対し、本件特許権の存在及び原告帝人が本件特許の独占的通常実施権者であること、被告物件を用いてするアルフカルシドール製剤の製造販売行為が本件特許権を侵害するものであることを通知、警告したのであるから、被告ら及び扶桑薬品工業がした前記第二の二の行為をするにつき、原告帝人が有する権利を侵害することについて少なくとも過失があったことは明らかというべきである。
3 被告旭化成及び扶桑薬品工業の製造販売及び製造販売により受けた利益
(一) 被告旭化成は、本件期間中に、被告東海カプセルにアルファカルシドール製剤のカプセル化工程を委託して、アルファカルシドール製剤「トヨフアロール」を製造し、薬価基準で三九億四二〇〇万円相当量を販売したが、実販売額は、その五〇パーセントである一九億七一〇〇万円を下らない。
被告旭化成が、右製造販売のため要した経費は、被告らの主張を斟酌して多く見積もっても、卸マージンとして一億九七一〇万円、製造原価として三億四〇五九万円(原末代として二億七二一五万円、カプセル加工費用、包装費用として六八四四万円)、物流費として七七〇万円、販売経費として三億一五三六万円、一般管理費として五四〇三万円を超えることはないから、結局、経費としては合計九億一四七八万円を超えることはない。
したがって被告旭化成が、右製造販売行為により受けた利益は、被告らの主張をさらに斟酌して実販売額を薬価基準の四〇パーセントである一五億七六八〇万円であるとしても、これより右経費合計九億一四七八万円を控除することにより得られる六億六二〇二万円を下らない。
また仮に被告らが主張する販売額、経費等を合理的な範囲で採用して、被告旭化成が受けた利益額を計算した場合においても、右製造販売行為により被告旭化成が受けた利益額は、本訴において原告帝人が被告らに対し、「トヨファロール」の製造販売についてする本訴請求額の基礎となる額(原告RIMACの請求額を控除する前の金額)である四億九三〇〇万円を下回ることはない。
(二) 被告旭化成は、本件期間中に、扶桑薬品工業に対し、アルファカルシドール原末を一グラムあたり一七九四万七七七一円で一四・八グラムを販売した(総販売額二億六五六二万七〇一〇円)。
なお、右販売にかかるアルファカルシドール原末の一グラム当たりの利益は六〇〇万円を下らないから、右販売行為により被告旭化成が受けた利益は八八八〇万円を下らない。
(三) 芙桑薬品工業は、本件期間に、被告旭化成から供給を受けたアルファカルシドール原末を用いてアルファカルシドール製剤である「エルシボン」を製造し、薬価基準で二一億九〇〇万円相当量を販売したが、実販売額は、その五〇パーセントである一〇億五五〇〇万円を下らない。
なお、被告旭化成と扶桑薬品工業が会社規模等で類似していることに照して、アルファカルシドール製剤の販売による利益率は特に異なるものではないと考えられるから、扶桑薬品工業は、「エルシボン」を製造販売することにより、「トヨファロール」製造販売に関する被告旭化成の利益率程度において利益を受けたものと考えられ、その額は二億六三〇〇万円を下らない。
4 共同不法行為
(一) 被告東海カプセルは、被告旭化成のために、アルファカルシドール製剤「トヨファロール」のカプセル化工程を行っているものであるから、被告旭化成とともに共同不法行為者として、本件期間中の「トヨファロール」の製造販売の結果、原告らに生じた損害を被告旭化成と連帯して賠償する責任を負うべきである。
(二) 被告旭化成は、扶桑薬品工業が、本件特許権侵害行為をすることを認識して、アルファカルシドール原末を供給していたものであるから、扶桑薬品工業の製造販売行為について、扶桑薬品工業の共同不法行為者若しくはその幇助者として、本件期間中の「エルシボン」の製造販売の結果、原告らに生じた損害を賠償する責任を負うべきである。
5 原告帝人の請求
(一) 原告帝人は、前記1のとおり、本件特許権の独占的通常実施権者、専用実施権者であり、かつ昭和五五年以来、日本国内において本件特許権を実施して、その実施品であるアルファカルシドール製剤「ワンアルファ」を製造販売しているものであるから、特許法一〇二条一項の適用(独占的通常実施権者として実施していた期間については、その類推適用)により、右の被告旭化成及び扶桑薬品工業のアルファカルシドール製剤の製造販売の結果、原告帝人が受けた損害額は、前記3の(一)の被告旭化成の製造販売行為により被告旭化成が受けた利益の額及び前記3の(三)の扶桑薬品工業の製造販売行為により扶桑薬品工業が受けた利益の額であると推定される。
(二) そして前記4の(一)のとおり、本件期間中にした被告旭化成の「トヨファロール」の製造販売行為は被告らの共同不法行為であり、前記4の(二)のとおり、本件期間中にした扶桑薬品工業の「エルシボン」製造販売行為は、被告旭化成と扶桑薬品工業の共同不法行為であるので、本訴において原告帝人は、被告らに対し連帯して、本件期間中に「トヨファロール」の製造販売により被告旭化成が受けた利益のうち後記6の(一)の右製造販売行為による実施料相当額五九〇〇万円を控除した内金四億三四〇〇万円を右侵害行為により受けた損害の額としてその賠償を請求するとともに、被告旭化成に対して、本件期間中に「エルシボン」の製造販売行為により扶桑薬品工業が受けた利益のうち後記6の(一)の右製造販売行為による実施料相当額三一〇〇万円を控除した内金二億三二〇〇万円を右侵害行為により受けた損害の額としてその賠償を請求する。
(三) なお仮に、被告旭化成と扶桑薬品工業との関係において、共同不法行為が成立しなかったとしても、被告旭化成は、前記3の(二)のとおり扶桑薬品工業にアルファカルシドール原末を販売して八八八〇万円の利益を受けており、右金額が、特許法一〇二条一項の適用(独占的通常実施権者であった期間については、その類推適用)により原告帝人に生じた損害であると推定されることになるので、右額を損害額として、同額を被告旭化成に請求する。
6 原告RIMACの請求
(一) 原告RIMACは前記1のとおり本件特許の特許権者であるから、特許法一〇二条二項の適用により、被告旭化成及び扶桑薬品工業に対し、被告旭化成及び扶桑薬品工業のしたアルファカルシドール製剤の製造販売行為について通常受けるべき実施料相当額を、自己が受けた損害額としてその賠償を請求することができる。
ところで、原告RIMACは、原告帝人に実施料率を三パーセントとして本件特許権を実施許諾しているから、本件においては右実施料率を通常の実施料率として実施料相当額を算定するのが相当であり、したがって原告RIMACが損害賠償請求権として取得する実施料相当額は、前記3の(一)の被告旭化成のした「トヨファロール」の製造販売についてはその販売額一九億七一〇〇万円の三パーセントである五九一三万円を、前記3の(三)の扶桑薬品工業のした「エルシボン」の製造販売についてはその販売額一〇億五五〇〇万円の三パーセントである三一六五万円を下らない。
(二) なお仮に、被告らが主張するように、原告RIMACが原告帝人に本件特許権の専用実施権を設定した後の期間については特許法一〇二条二項の適用がないとしても、被告旭化成及び扶桑薬品工業の製造販売行為の結果、専用実施権者である原告帝人の販売額が減少し、その結果原告RIMACが原告帝人から得られる実施料額が減少したのであるから、少なくとも右(一)と同額である被告らの販売額に応じた実施料額が、侵害行為と相当因果関係のある損害であるというべきである。
(三) そして前記4の(一)のとおり、本件期間中にした被告旭化成の「トヨファロール」の製造販売行為は被告らの共同不法行為であり、前記4の(二)のとおり、本件期間中にした扶桑薬品工業の「エルシボン」製造販売行為は、被告旭化成と扶桑薬品工業の共同不法行為であるので、本訴において原告RIMACは、被告らに対して連帯して、被告旭化成がした本件期間中の「トヨファロール」の製造販売行為についての実施料相当額の内金五九〇〇万円をその受けた損害として賠償を請求し、被告旭化成に対して、扶桑薬品工業がした本件期間中の「エルシボン」の製造販売行為についての実施料相当額の内金三一〇〇万円をその受けた損害として賠償を請求する。
(四) なお仮に、被告旭化成と扶桑薬品工業との関係において、共同不法行為が成立しなかったとしても、被告旭化成は、前記3の(二)のとおり扶桑薬品工業にアルファカルシドール原末を販売しており、原告RIMACは、特許法一〇二条二項の適用により右販売についても実施料相当額の損害を受けたものと認められるから、原告RIMACは、被告旭化成に対し、右についての損害賠償を予備的に請求する。
しかるところ、原告RIMACに生じた右の場合の実施料相当の損害額は、原末の販売に関する通常の実施料率一二パーセント(原末販売の場合は、実施料率が高率に設定されるのが通常である。甲三一参照)を用いて計算できるから、前記3の(二)記載の販売額二億六五六二万七〇一〇円に一二パーセントを乗じて得られる三一八七万五二四一円が損害額となり、これは扶桑薬品工業に対する関係での本訴請求金額を上回っており、結局、共同不法行為の成否によって請求損害額は左右されない。
なお、専用実施権設定登録前について本規定の適用がないとしても、同期間について実施料相当額が相当因果関係のある損害となることは、前記(二)で述べたとおりである。
(被告らの認否及び反論)
1 原告らの権利及び原告帝人の実施について
原告RIMACが本件特許権の特許権者であること、原告帝人が、本件特許の専用実施権の設定を受けて平成三年一月二八日にその登録を了したものであることは認めるが、原告帝人が、本件特許権の独占的通常実施権者であったこと、また原告帝人が本件特許権を実施していたことは否認する。
原告帝人の製造販売するアルファカルシドール製剤「ワンアルファ」の融点(能書によれば一四二℃)は本件特許公報に記載の目的化合物の融点(一二八~一三三℃)とは異なるので、原告帝人のアルファカルシドール製剤は本件特許の実施品とはいえない。
2 被告ら及び扶桑薬品工業の過失について
(一) 原告帝人は、独占的通常実施権侵害に基づく損害賠償を請求する場合についても、被告ら及び扶桑薬品工業のアルファカルシドール製剤の製造販売行為が原告帝人の権利を侵害することについて過失があったことは、特許法一〇三条の類推適用により推定されると主張するが、右場合については特許法一〇三条の類推適用はなく、原告帝人において故意、過失の主張、立証を要するというべきである。本件ではその主張、立証がされていない。
(二) 原告帝人は、平成二年当時に原告帝人が被告ら及び扶桑薬品工業に通知、警告したことをもって、被告ら及び扶桑薬品工業が右行為をするについて、原告帝人の有する独占的通常実施権を侵害することについて過失があったものと主張する。
しかし、原告帝人の通知、警告においても、その後の原告帝人、被告旭化成間の折衝の過程においても、被告旭化成からなされた法的立場についての質問に対しても、原告帝人からは原告帝人が本件特許権の独占的通常実施権者であることを支持する証拠が何ら開示されておらず、ただ一方的に原告帝人が独占的通常実施権者であると述べられていただけである。他方、被告旭化成は、特許原簿等の閲覧等可能な範囲の調査をしたが、その結果でも原告帝人が独占的通常実施権者であることを知り得る資料はなかった。
このように原告帝人が独占的通常実施権者たる地位を支持する証拠がなかった以上、被告ら及び扶桑薬品工業は、原告帝人が有する独占的通常実施権を侵害することについて、過失もなかったものというべきである。
3 被告旭化成及び扶桑薬品工業の製造販売及び製造販売により受けた利益右についての原告らの主張はいずれも否認する。
被告ら及び扶桑薬品工業のアルファカルシドール原末ないしその製剤の販売額及びその販売により被告旭化成及び扶桑薬品工業が受けた利益は次のとおりである。
(一) 「トヨファロール」の製造販売について
本件期間の被告ら製造販売にかかるアルファカルシドール製剤「トヨファロール」の実販売額は一三億一一二二万八〇〇〇円であり、このために要した経費は、卸マージン(バックマージン、割戻金、特売奨励金)として二億二四一二万一〇〇〇円、原末代、カプセル加工費及び包装費用等からなる製造原価として四億一〇〇八万一〇〇〇円、物流費として七七〇万二〇〇〇円、販売経費として四億四一七七万八〇〇〇円、一般管理費として五二七三万二〇〇〇円、「トヨファロール」の製造開発のための研究開発費として一億六三九五万九〇〇〇円の合計一三億〇〇三七万三〇〇〇円である。
したがって、本件期間中に、被告旭化成が「トヨファロール」の製造販売により受けた利益は、右実販売額一三億一一二二万八〇〇〇円より経費の合計一三億〇〇三七万三〇〇〇円を控除することにより得られる一〇八五万五〇〇〇円に過ぎない。
(二) 被告旭化成の扶桑薬品工業に対するアルファカルシドール原末の販売
被告旭化成が扶桑薬品工業に対してしたアルファカルシドール原末の販売は、一グラムあたり一一二七万円で購入したアルファカルシドール原末を、およそ一〇パーセント程度の経費を加算して、一グラムあたり一二七一万七六八〇円で販売したものであるが、販売による利益はほとんどない。
(三) 「エルシボン」の製造販売について
扶桑薬品工業が、本件期間中に「エルシボン」製造販売により受けた利益は、同社の規模その他が被告旭化成に吸収合併される前の東洋醸造株式会社とほぼ同一であるので、ほぼ同様の利益率にあったものと考えられる。
したがって、エルシボン製造販売により扶桑薬品工業が受けた利益は、前記した「トヨファロール」製造販売による利益率を用いて薬価基準価格による販売額を基準として計算されるが、右は五八〇万七五〇〇円に過ぎない。
4 共同不法行為の成立について
原告らは、扶桑薬品工業のした「エルシボン」の製造販売行為が、被告旭化成と扶桑薬品工業との共同不法行為である旨主張するが、被告旭化成は扶桑薬品工業に対して、デュファー社から輸入したアルファカルシドール原末を販売しただけであるから、両者の間に共同不法行為は成立しない。
したがって、右を前提とする主張は失当である。
5 原告帝人の請求について
(一) 原告帝人は、損害額の算定について特許法一〇二条一項の適用を求めるが、本規定を適用するためには、その前提として原告帝人自らが、本件特許権を実施していることが必要であるところ、その立証がされていない。
したがって特許法一〇二条一項の適用を前提とする請求はそもそも理由がない。
(二) また仮に、原告帝人が本件特許権を実施しているものであるとしても、専用実施権の設定登録を了する平成三年一月二八日以前の期間については、特許法一〇二条一項の適用ないし類推適用はなく、右を前提とする原告帝人の主張は失当である。
すなわち、独占的通常実施権者からの損害賠償請求について特許法一〇二条一項の規定が当然に適用されるものではないことは条文上明らかであるうえ、原告RIMACと原告帝人間の本件特許権の実施権許諾に関する契約書類をみても、原告帝人が専用実施権設定登録以前から、専用実施権者と同視し得る法的地位にあったことを支持するものはない。したがって本規定を類推適用すべき法的地位にもなかったというべきである。
6 原告RIMACの請求について
(一) 原告RIMACが通常の実施料率であると主張する原告帝人に対する三パーセントの実施料率は、ノウハウの提供やその他の関連特許を含めての包括的な特許実施許諾契約のための実施料率である。しかも右は日本国内においては独占的実施を前提とし、さらに日本以外の領域での実施も許諾するものであるので、通常の実施料率に比較して高くなっているものと考えられ、通常の単独の特許にかかる独占的地位を保証されていない場合の実施料率とはいえない。
また、原告RIMACと原告帝人間の本件特許の実施契約書(甲三一)の実施料は、「正味販売額」を基礎とするものであるが、原告RIMACは「正味販売額」を定義していると思われる同契約書一条の後半部分を故意に隠蔽しているから、この点からも右契約書に基づく三パーセントの実施料率をそのまま本件に用い得ない。
(二) また、原告RIMACは、その主張しているとおり、原告帝人に対し本件特許についての専用実施権を設定し、平成三年一月二八日、その登録を了しているので、右以後の期間について特許法一〇二条二項の適用を前提とする主張は失当である。
すなわち、特許法一〇二条二項は、権利者が第三者へ当該特許発明について実施許諾をなし得ることを前提として通常実施料相当額の損害が発生するものとみなすことを規定したものであると解されるから、専用実施権を設定した後は、少なくとも専用実施権の設定が本規定適用を排除する抗弁となるものと解され、特許権者は本規定の適用を主張し得ない。
すると原告RIMACは、本規定の適用を主張できない以上、民法の不法行為の原則に従って、被告旭化成及び扶桑薬品工業の製造販売行為により原告RIMACが損害を受けたことを主張、立証すべきであるが、アルファカルシドール製剤については、本件期間中においても、原告帝人、被告旭化成、扶桑薬品工業のみならず、多くの製薬会社が、製造、販売しており、またそれぞれの販売先は競合せず、したがって被告旭化成及び扶桑薬品工業の製造販売行為により原告帝人のするアルファカルシドール製剤の販売が減少し、ひいては原告RIMACが受けるべき実施料が減少するとの因果関係は認められない。
したがって、原告帝人が専用実施権の設定を受けた平成三年一月二八日以降については、原告RIMACがする実施料相当額の損害を受けたとの主張は、その余の判断に及ぶまでもなく理由がないことになる。
(三) また原告RIMACは、被告旭化成と扶桑薬品工業との共同不法行為が成立しない場合の損害額の主張として、被告旭化成から扶桑薬品工業に対するアルファカルシドール原末の販売によって生じた実施料相当損害を、通常の実施料率を一二パーセントとする計算により算出して主張しているが、この場合であっても通常の実施料率がそのように高いものでないことは、前記(一)のとおりである。
なお、原告帝人に専用実施権を設定しその登録を了した後の期間については、特許法一〇二条二項の適用はなく、またその場合の損害の主張、立証が尽くされていないことは前述のとおりである。
第四 争点に対する判断
一 争点1について
被告らは、本件特許は無効とされる蓋然性が高いゆえに原告らの本訴請求は許されない旨主張する。
しかしながら特許の効力は、特許庁における無効審判手続によって争うべきことを原則とし、仮に当該特許について、特許を無効とすべき事由が存したとしても、当該特許につき無効審判請求がなされて、当該特許を無効とすべき審決がなされ、右審決が確定しない限り、侵害訴訟裁判所は当該特許を有効なものとして取り扱わなければならないことを原則とするものである。
したがって、本訴においてする被告らの特許無効の主張は、この点において既に主張自体失当であるといわなければならないが、仮にこの点を措くとして、以下に述べるとおり、本件特許が無効であるとする被告らの主張はいずれも理由がない。
1 被告ら主張の無効事由第一点について
本件特許発明は、本件特許請求の範囲記載のとおり、発明式Ⅰで表される化合物を出発物質とし、熱的異性化という処理手段を用いることにより、発明式Ⅲで表される目的物質を生成させることをその特徴とする発明であり、方法の特許であることは明らかである。
被告らの主張は、その趣旨は必ずしも分明とはいい難いが、要するに、本件特許発明における処理手段には特許性がなく、目的物質は既知の化学常識から容易に想到することができるから、処理手段以下の要件を除いて本件特許発明を理解すべきであり、したがって本件特許発明は、実質的には出発物質に物質特許を認めたに等しいと主張するものと解される。
しかしながら、たとえ本件特許発明の出発物質が常温で放置していても本件特許発明の目的物質を生成する物質であり、しかもその処理手段自体(後記検討するように加熱という人為的操作を要件とすると解される。)が周知慣用の手段であり、目的物質は既知の化学常識から容易に想到することができるものであるとしても、出発物質に本件特許発明の処理手段である加熱操作を施して目的物質を生成させない限り本件特許権侵害の問題は生じないのであるから、右本件特許権の効力が、出発物質自体の製造、販売等の行為に及ぶものでないことは明らかであり、本件特許が実質は出発物質自体に特許を認めたに等しいとの主張は、どのように解しても理由がないものといわなければならない。
また本件特許は、後記3で述べるとおり、本件特許発明によって新規でかつ顕著な作用効果を奏する化合物を生成したことから、いわゆる化学的類似方法についての特許実務に基づいて特許されたものと認められるのであるから、被告らの主張はこの点を全く無視するものでもあるともいえ、この点においても理由があるものとは考えられない。
したがって本件特許が、実質的には物質特許であることを前提にして、改正前特許法三二条三号違反により無効であるとする被告らの主張は理由がない。
2 被告ら主張の無効事由第二点について
(一) 被告らは、本件特許発明は、WARFの先願発明と同一であるから、本件特許には、特許法二九条の二に違反する無効事由がある旨主張する。
(二) ところでWARFの先願発明は、乙第一号証によれば、その先願公開公報記載のとおりコレステロールを出発物質として、段階的な反応を経て最終的に1α-ヒドロキシコレカルシフェロール(1α-ヒドロキシビタミンD3の別名)を得る方法を特許請求の範囲とするものであると認められるが、本件特許発明との対比に必要な範囲は、特許請求の範囲のうち「該プレビタミン(「1α、3β-ジアセトキシプレビタミンD3」を指す。)を溶液中で室温および暗所において変換が完了するのに充分な時間放置することによって1α、3β-ジアセトキシビタミンD3に自発性変換させそして該ビタミンD3化合物を回収し、該ビタミンD3化合物を塩基性条件下に加水分解しそして1α-ヒドロキシコレカルシフェロールを回収することからなる」という部分である。
そこで右と本件特許発明(ただし、本件特許発明については目的物質を1α-ヒドロキシビタミンD3とする製造方法に限定して検討する。)を対比すると、WARFの先願発明は室温で暗所に放置して自発的に異性化させることが処理手段の特徴であるのに対し、本件特許発明は「熱的異性化」によることが処理手段の特徴であるといい得る。
この点について、被告らは、本件特許発明にいう「熱的異性化」とは、加熱に限定されないあらゆる温度下での無触媒下での熱エネルギーによる異性化をいうものであるところ、WARFの先願発明にいう室温で暗所に放置して自発的に異性化させるという処理手段も、無触媒下での熱エネルギーによる異性化反応を利用する熱的異性化にはかわりはないのであるから、両発明の処理手段は実質的には同一である旨主張し、これに対し原告らは、本件特許発明にいう「熱的異性化」とは、加熱による異性化であると解すべきであるから、室温での放置を特徴とするWARFの先願発明の異性化とは区別され得る旨主張する。
(三) そこで両発明における処理手段が実質的に異なるものであるのか、すなわち本件特許発明の処理手段である「熱的異性化」によるとは、WARFの先願発明の処理手段と異なるものと解すべきかについて検討するに、まず熱異性化ないし熱的異性化なる用語の学術用語としての定義についてみると、乙第七五、第七七、第八〇、第八一号証によれば、ビタミン学を専門とする化学者らは、熱異性化ないし熱的異性化なる学術用語は、「加熱」などの操作を要件とする異性化に限定されるものではなく、熱エネルギーによって引き起こされる異性化を指すという被告ら主張に沿った趣旨で一致していることが認められ、これらの学術的定義については原告らも特段争っていない。
したがって、熱異性化ないし熱的異性化を学術的に厳密に定義すると、加熱等の物理的操作を要件として含まないところの「熱エネルギーによって引き起こされる異性化」という化学反応それ自体を指すものと解するのが相当であると認められる。
(四) しかし、本訴にあらわれた学術文献、辞典類等における熱異性化ないし熱的異性化の用法、定義等についてさらにみると、次のとおりである。
(1) 甲第三三号証(添付資料である乙第六号証)によれば、レクエイル第八〇巻、一〇〇三~一〇一四頁(一九六一年発行)には、零下二〇℃、二〇℃、四〇℃の温度でのプレビタミンD3とビタミンD3の相互変換に関する表と、「プレビタミンD3/ビタミンD3の平衡値は温度に依存しており上記のk1及びk2の方程式の助けにより、異なった温度に代入することにより計算可能である。」との記載があること、その計算結果として、零下二〇℃から一〇〇℃の間におけるプレビタミンD3とビタミンD3の平衡値が表Ⅱとして記載されていることが認められる。
右によれば、熱異性化という用語自体は用いられていないが、あらゆる温度で熱エネルギーを媒介とする異性化がプレビタミンD3とビタミンD3間に生じることが示されているものと認められる。
(2) 乙第七九号証によれば、ザ・ジャーナル・オブ・ファーマシューティカル・サイエンシス第五七巻第八号掲載のJ・A・ケバリング・ビスマン他の論文(一九六八年八月発行)には、「カルシフェロール(D)のプレカルシフェロール(P)への可逆的な熱異性化は、溶液中で温度に依存して平衡に至る」、「両カルシフェロールの光学的製造の間、主としてプレカルシフェロールが生じこれから熱異性化によってカルシフェロールが生じる・・。この平衡が達成されるか否かは、処理時間及び温度に依存することは確かであり、そして、もしそれぞれ、時間が短く温度が低いときは、商業生産におけるプレカルシフェロール/カルシフェロールの比は室温における相当する値より高い値になり、そしてこの値は平衡に達するまで変化を続ける。」との内容の記載が認められる。
なお右文献についての被告ら作成にかかる訳文においては、熱異性化との用語が用いられ、右用語が前記した定義内容で用いられていることが示されているが、ここでいう熱異性化とは、原文でいう「thermal isomerization」の訳語であるから、「thermal isomerization」の訳語に熱異性化が相当するとしても、熱異性化が右意味に限定されて一般的に用いられているかについては、この文献のみによって明らかにすることはできないものといわなければならない。
(3) 乙第七一号証によれば、新ビタミン学(日本ビタミン学会編、昭和四四年九月一〇日発行)には、「1) 熱による異性化反応」として、「Velluzらは・・PrecalciferolよりD2への異性化はUV照射によらず、たんに加熱だけで起こることを発見した。・・D2またはPrecalciferolのベンゼン溶液を加熱するときいずれのばあいも両者の混合物が得られることを観察し、D2とPrecalciferolの熱異性化反応は可逆反応であることを明らかにした。」(五七頁右欄)との記載が認められ、右表題が次頁の「2) 紫外線照射による異性化反応」、「3) 化学試薬による異性化反応」との対比で用いられていると認められることや、右説明に関連して零下二〇℃から一二〇℃間での「平衡状態のでD3とPrecholeca lciferolの含量比およびt0.99」が表Ⅰとして示されていることが認められることからすると、右にいう「熱による異性化反応」、「熱異性化反応」は、他の触媒によらない熱エネルギーによる異性化反応の意味で用いられているものと解するのが相当である。
しかし、同文献中には、「D2の熱による異性化反応は図1のようにまとめられる。」(五八欄四~五行)として「図1 熱によるD2の異性化反応」として、Precalciferolが150~200℃で加熱される反応図(五八頁)が示されていることが認められ、右箇所での「熱による異性化」にいう「熱による」との表現には、「熱エネルギーによる」との意味に加えて「加熱による」との意味も重複して用いられているように解される余地もある。
(4) 甲第三八号証によれば、化学と生物第一〇巻第二号(日本農芸化学会編、東京大学出版会、昭和四七年二月二五日発行)には、「2・プレビタミンD〓ビタミンDの熱異性化反応」の表題のもとに、「Pの溶液を加熱するとき、Dが生成するが、逆にDの溶液を加熱するときもPが生成し、両者の間の反応は可逆的な熱平衡反応である。この反応は温度のみに依存し、溶媒の種類、光、触媒などには影響されない。」(七三頁左欄一~五行)との記載があること、さらに同文献中に右(3)の表Ⅰと同趣旨、同内容の表が記載されていることが認められる。
本文献中での「熱異性化反応」は、加熱による例で示されているため、加熱されることが熱異性化反応の要件であるように解される余地がないわけではないが、右のとおり「この反応は温度のみに依存し」とされていることからすると、その内容は他の触媒によらない熱エネルギーによる異性化反応の意味で用いられているものと解するのが相当である。
(5) 甲第三七号証によれば、新実験化学講座16 反応と速度(社団法人日本化学会編、丸善株式会社、昭和五三年三月二〇日発行)には、「2・2・3 熱分解および熱異性化反応」の表題のもとに、「実測された熱分解反応および熱異性化反応に関して、分子の構成原子数や反応の機構による速度因子の系統的変化を簡単に述べる。」(一〇一頁一~三行)との記載が認められる。
しかし、これだけではここにいう「熱」あるいは「熱異性化反応」がいかなる意味において用いられているかは明らかにできない。
(6) 乙第二七号証によれば、ビタミン学Ⅰ脂溶性ビタミン(日本ビタミン学会編、株式会社東京化学同人、一九八九年七月一日発行)には、「2・2・4 ビタミンDおよびプレビタミンDの熱による異性化反応1・ビタミンD(D)とプレビタミンD(プレ-D)との間の可逆的な熱異性化反応」との表題のもとに、右(3)と同じくVelluzらの発見について触れ、「プレ-D2」を「単に加熱するだけでD2が生成することを発見し、プレ-D2がD2の前駆物質であることを明らかにした。」、「D2の3.5-ジニトロ安息香酸エステルのベンゼン溶液を加熱したものよりプレ-D2の3.5-ジニトロ安息香酸エステルを単離しプレ-D2とD2の間の反応が可逆的な熱異性化反応であることを明らかにした。この反応は熱だけによって起こり、光、溶媒の種類、触媒などには影響されない。」(一〇九頁左欄一行~右欄五行)との記載があることが認められ、右表題が「2・2・5 ビタミンDおよび関連化合物の光による異性化反応」(一一二頁)との対比において用いられていると解されることや、「純プレ-D3または純D3より出発して、種々の温度で0.99×平衡状態に到達するまでの時間(t0.99)と、その状態でのプレ-D3とD3の含量比」及び同状態からT℃の環境に移したとき「T℃で0.99×平衡状態に到達する時間(t0.99)」も併せ計算して示した表が表2・5として示されている(一一〇頁)と認められることからすると、本文献にいう「熱的異性化反応」は、他の触媒によらない熱エネルギーによる異性化反応の意味で用いられているものと解するのが相当である。
ただ、「図2・10 ビタミンDの熱異性化反応」(一〇九頁)として、プレビタミンD(プレ-D)からピロビタミンD(ピロ-D)若しくはイソピロビタミンD(イソピロ-D)への異性化が「150℃以上」において行われるとの記載が認められることからすると、右にいう「熱異性化反応」は「加熱による異性化」と同義に用いられているように解される余地があり、また「したがって、プレ-D3またはD3を出発物質として溶液中で熱異性化を行う場合」(一〇九頁右欄末行~一一〇頁左欄一行)にある「熱異性化を行う」との表現は、それに引き続く説明と併せ読むと、加熱して異性化反応させるとの意味で用いられているように解される余地がある。
(7) 甲第三六号証によれば、化学大辞典1(化学大辞典編集委員会編、共立出版株式会社、昭和三五年三月三〇日発行)には、「異性化」の解説として「・・温度・・などを変化させる物理的作用によって、化合物を構成する原子または原子団(基)の結合状態をかえれば、ある異性体から他の異性体に移すことができる。これを異性化という。」との記載があることが認められる。
右によれば、異性化とは、外部的な物理操作、熱に関すれば温度の積極的操作により招来される化学変化であるかに定義されていることが認められる。右を敷衍すれば、熱異性化とは、温度を変化させる操作に伴って生じるある異性体からある異性体への化学変化であるという定義が導かれるものと解される。
(8) 乙第七二号証によれば、化学大辞典6(化学大辞典編集委員会編、共立出版株式会社、昭和三六年七月一五日発行)には、「熱化学反応」の定義として「熱をエネルギー源として進行する反応」、「熱分解」の定義として「熱の作用によって起こる分解反応」等と記載されていることが認められ、右の場合において「熱」なる用語が「加熱」には限定されない「熱エネルギー」を指すものとして用いられていることが認められる。
したがって、右の用例に従えば、熱異性化というときの熱という字句が加熱を意味するものでないことが示されているものと解される。
(9) 甲第三五号証によれば、化学大辞典(大木道則ほか編、株式会社東京化学同人、一九八九年一〇月二〇日発行)には、「熱異性化」の定義として「化合物が加熱によってその異性体へ変化することをいう。」と記載されていることが認められ、右(7)の「異性化」の定義を敷衍して導かれる「熱異性化」の定義をさらに限定し、「熱異性化」というときの温度を変化させる操作とは加熱に限定される趣旨が示されているものと解される。
(五) 右学術文献中、(1)、(3)、(4)及び(6)の文献においては、広範囲な温度でのプレビタミンD3とビタミンD3の異性化が検討されているところから、熱エネルギーによる異性化反応は温度による限定を受けないものとされていることが明らかである。
そして、(3)、(4)及び(6)の文献においては、「熱異性化反応」との用語が、前記した厳密な学術定義と同じく光、溶媒等の触媒を用いる異性化と対比して熱エネルギーだけを要素とする異性化反応であるとして用いられていることが認められる。
ただ、(3)の文献においては、「熱による異性化反応」を「加熱による異性化反応一の趣旨に用いられていると解され得る箇所が存し、「熱異性化」との用語が用いられている(6)の文献においては、「熱異性化を行う」との表現が、前後の文脈から加熱して異性化反応させるとの意味で用いられているように解される余地もあり、また「熱異性化反応」を「加熱による異性化反応」との趣旨に用いられていると解され得る箇所が存する。
また辞典類においては、確かに(8)の文献のように、「熱」という語だけで「加熱」を意味するとまでいうことはできないことが示された文献も存するが、(9)の文献のように「熱異性化」を端的に「加熱による異性化」との定義を与えているものもあるし、(7)の文献のように温度操作をすることが、熱異性化の要件であるかのように解されるものも存する。
してみると熱異性化ないし熱的異性化の厳密な学術的定義が前記のとおりであるとしても、学術用語として一般に用いられる場面においては、熱的異性化が加熱により異性化することという意味で用いられる場合も存することは否定し難いものといわなければならない。
なお、乙第六八号証の一、第九〇ないし第九二号証によれば、原告帝人が、WARFの先願に対して提出した昭和五三年七月七日付け刊行物提出書あるいは自らした特許出願において、熱異性化を前記した厳密な学術的定義に従う熱エネルギーにより引き起こされる異性化の意味で用いたり、WARFの先願発明の処理手段を熱異性化であると表現していたことがあることが認められるが、結局、右は前記した厳密な学術的定義の正当性を根拠づける一資料となるものであっても、熱異性化という語が一般に用いられる場面において、加熱による異性化するという意味で用いられることがあることを否定するものではないから、右判断を左右するものではない。
また、乙第八九号証によれば、右(9)の文献である化学大辞典中の熱異性化の定義については、本訴提起後、原告RIMACと本件特許権侵害を巡って係争中にある株式会社クラレより指摘を受けた同書の編者自身が「定義としては正確さを欠く」ことを肯定していることが認められるが、右文献で示された定義が熱異性化の厳密な学術的定義として正確さを欠くものであるとしても、右によれば、少なくともそのような定義のもとに化学者によって熱異性化との用語が用いられていることがあること自体は認められてよいはずであるから、この事実によって右判断が左右されるものとは解されない。
(六) そうすると、このように熱異性化ないし熱的異性化の定義をみた場合、厳密に定義した場合においては、人為的な操作手段をその要件として含まない熱エネルギーによる異性化という化学反応自体を指すものというべきことは前記のとおりであるが、前記(四)でみた文献等に記載されたように加熱するという操作手段を含んだものとして用いられることもあるのであるから、熱異性化ないし熱的異性化を学術用語として普通に用いる場合においては、必ずしも厳密な定義のもとに用いられている場合ばかりではないものといわざるを得ない。
したがって本件特許請求の範囲にいう「熱的異性化」なる用語を、学術的に厳密に定義されるところにのみ従って、それ自体の解釈で、直ち加熱するという操作手段をその要件として含まない、熱エネルギーにより引き起こされる異性化反応全般だけを指すものとして用いられていると解することは相当ではないものといわなければならない。
(七) そこで、本件特許請求の範囲に即して、「熱的異性化」が前記検討したいずれの意味において用いられているかについて検討するに、本件特許請求の範囲は、単純化すると出発物質を「熱的異性化により」目的物質に「生成させる」ということに尽きるものと解される。
この場合において「熱的異性化」を前記した厳密な定義にいう熱エネルギーによる異性化という化学反応自体を指すものとして用いられていると解すると、本件特許請求の範囲は、結局、出発物質は熱エネルギーによる異性化反応より目的物質に生成するとの自然法則が記載されているに過ぎないも同然に解さざるを得なくなる。
しかし、発明とは自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいう(特許法二条一項)のであるから、本件特許請求の範囲に記載された発明をことさらに無意味ならしめることになる右解釈が相当でないことは明らかであり、本件特許請求の範囲の趣旨に沿って解する限り、そこにいう「熱的異性化により」とは、何らかの操作手段を要件として含んだ意味において用いられていると解するのが相当である。
したがって、右用語は、前記した学術用語としての厳密な定義とは異なる用法ではあるが、前記検討した後者の意味、すなわち加熱により異性化するという、加熱という操作手段を要件とする異性化反応を意味しているものと解するのが相当である。
(八) また甲第二号証によれば、本件特許請求の範囲にいう「熱的異性化」を右のように解釈すべきことが、次のとおり、明細書の発明の詳細な説明における実施例によって支持されていることが認められる。
すなわち、明細書中には、「熱的異性化」なる用語について直接的に定義した箇所は存しないが、発明の詳細な説明には、「実施例1 1α-ヒドロキシビタミンD3の製造」として、「脱酸素化されたエーテル(200ml)中の参考例1で得られた生成物すなわち1α・3β-ジヒドロキシコレクタ-5・7-ジエン(95mg)を、12分間メタノール11当りトルエン(24ml)およびCB2(4ml)よりなる〓過ずみ溶液により囲まれた200ワットのハノビアランプを使って照射した。この冷溶液を、アルゴンで充満したフラスコに移し、そしてエーテルを0℃で除去した。その残渣を脱酸素した無水アルコール(8ml)に溶解させ、そして1・5時間還流下に加熱して異性化し」て、1α-ヒドロキシビタミンD3が得られた旨の記載(公報二〇欄三七行~二一欄五行)、「実施例2」として「(b)熱的異性化 前記の粗プレビタミンの全体を、脱酸素イソオクタン(10ml)に溶解させた。262nmの吸収は、30ul区分量を3mlに希釈した場合に0・39であった。この溶液を次いで約75℃にアルゴン下に全部で2・25時間の間加熱したがこの間262~265nmの吸収は0・54の最大値に増加した(前記と同一濃度の溶液に対して)。・・・ 上記の混合物の約12mgを脱酸素メタノール(1・0ml)中に溶解させ、そしてこの溶液を脱酸素化1・5メタノール性KOH(0・5ml)で処理し、1・5時間アルゴン下に室温に保った。水で希釈し、エーテルで抽出すると、1α・3β-ジオール(1α-ヒドロキシービタミンDおよびそのトランス異性体)が得られた。」旨の記載(公報二二欄三三行~二三欄一六行)、「実施例3 1α-ヒドロキシビタミンD3の製造」として「・・・・このようにして得られた前記プレビタミンを75°で2時間脱酸素イソオクタン(15ml)中でアルゴン下に加熱して異性化し」て、1α-ヒドロキシビタミンD3が得られた旨の記載(公報二四欄三~一六行)があり、いずれの実施例においても、熱的異性化の例として、加熱することにより異性化させることが記載されていることが認められ、本件特許請求の範囲にいう「熱的異性化」とは、加熱という人為的操作手段により生じさせられる異性化反応を指しているものと解するのが相当であることが示されている。
(九) したがって、本件特許発明にいう処理手段である「熱的異性化」は、加熱という操作手段を要件とする異性化を指すのであり、室温で暗所に放置することにより異性化させることを処理手段の特徴とするWARFの先願発明とは区別することができるものであるから、本件特許発明と、WARFの先願発明が同一であるとの主張に理由はなく、右を前提とする特許法二九条の二違反を理由とする無効主張には、その余の判断に及ぶまでもなく理由がないというべきである。
3 被告ら主張の無効事由第三点について
(一) 特許発明が公然と知られたといえるためには、本件特許が方法の特許である以上、少なくとも公知の文献に、特許発明の出発物質、処理手段、目的物質が一体となって記載されていることが必要である。
しかしながら、被告らが、公知の根拠とする乙第五号証(ジャーナル・オブ・ザ・ケミカル・ソサエティ(C)、一九七〇年発行)及び乙第三四号証(ヘルベチカ・シミカ・アクタ第五四巻、一九七一年発行)に、本件特許発明に関して右のような記載を見い出せないことは被告らもその主張の前提としているところであって、右公知文献を根拠とする特許法二九条一項三号違反の主張には理由がない。
なお被告らは、右公知文献に記載された中間物質とビタミンの製造に関して周知慣用の手段であったものと認められる異性化手段を組み合わせることにより本件特許発明が全部公知であるかのような主張もするが、右主張の実質は本件特許発明が推考容易であった旨の主張であり、本件特許発明が公知であったとの主張としては失当である。
(二) 被告らは、さらに本件特許発明が公知でないとしても、右文献に示された中間体の存在及びビタミンDに関する周知慣用の技術から、本件特許発明は容易に推考できたとして特許法二九条二項違反である旨主張する。
しかしながら、本件特許発明の処理手段自体は、抽象的、類型的にみる限り、確かに乙第二号証にも認められるとおり、化合物の合成の手段としては慣用手段に過ぎないものといい得るが、後記二の2で認定するとおりその目的物質が新規であることや、右の公知文献の内容及び甲第二号証に認められる明細書の記載内容に照らし、本件特許は、本件特許発明により生成された化合物が新規でかつ顕著な作用効果を奏することから、いわゆる化学的類似方法についての特許実務に基づき特許されたものと認めるのが相当であり、したがって処理手段自体を抽象的に取り上げて慣用技術に過ぎないという被告らの主張は、本件特許が無効事由を有しているとする主張としてはそもそも失当であるというべきである。
またその点は措き、被告ら引用にかかる公知文献の内容を子細に見ても、乙第五号証によれば、一九七〇年発行にかかるジャーナル・オブ・ザ・ケミカル・ソサエティ(C)には、1α-ヒドロキシコレステロールが本件特許の目的物質である1α-ヒドロキシビタミンD3を生成するには重要な中間体であり得るとの理論的予測が記載されているにとどまっていることが認められるのであり、また乙第三四、第三五号証によれば、一九七一年発行にかかるヘルベチカ・シミカ・アクタ第五四巻には、一九七七年発行にかかるテトラヘドロン第三三巻と併せてその内容をみても、1α-ヒドロキシビタミンD3合成のための中間体となる化合物の製造方法が示されるにとどまっているに過ぎないことが認められるのであるから、両文献はむしろその当時1α-ヒドロキシビタミン氏の生成が達成困難な研究対象であったことを窺わせているものとも解される程であって、したがって、たとえ加熱による異性化が周知慣用されている手段であるとしても、右公知技術に基づき本件特許発明が極めて容易に推考することができたものと即断することができないことは明らかであるというべきである。
被告らの特許法二九条二項違反に基づく右主張はいずれにせよ理由がないものといわなければならない。
4 被告ら主張の無効事由第四点について
被告らは、米国特許第一出願日当時、本件特許発明によって目的物質である1α-ヒドロキシビタミンD3が生成していなかった旨主張する。
しかし、その根拠とする融点及び元素分析値の相違については、後記二の1の(一)、(二)に検討するとおりであって理由がなく、かえって乙第七〇号証によれば、本件特許の願書添付の当初の明細書には、右融点、元素分析値の同定のみならず、紫外吸収、旋光度、赤外吸収、NMRという、1α-ヒドロキシビタミンD3の生成を認めるに足りるデータが記載されていたことが認められ、右データによれば、原告RIMACが米国特許第一出願日当時、1α-ヒドロキシビタミンD3を得ていたことは十分根拠付けられているというべきであるから、被告らの主張には理由がないものといわなければならない。
またしたがって、右に併せてする明細書の記載不備の主張も同様に理由がないものといわなければならない。
5 被告ら主張の無効事由第五点について
被告らの右主張は、原告RIMACが、昭和五一年二月二一日、手続補正書を提出して明細書を補正した際、特許請求の範囲にいう「加熱により異性化させ」との文言を「熱的異性化により」なる文言に変更して、もって加熱を要件としない異性化もその処理手段に含ましめるよう変更したという解釈を前提とするものであると解される。
しかしながら、本件特許請求の範囲に記載された「熱的異性化」の文言が、加熱を要件とするものと解すべきことは、前記2で述べたとおりであって、補正前の「加熱により異性化させ」との文言と同一の意味内容と解されるのであるから、右文言の補正をもって明細書の要旨を変更にしたことにはならず、したがって被告らの右主張は、その余の判断に及ぶまでもなく理由がないものといわなければならない。
二 争点2について
1 物の同一性について
(一) 融点の相違について
(1) 被告らは、被告物件と本件特許発明により製造された1α-ヒドロキシビタミンD3とは、融点が異なるから、同一のものではない旨主張するところ、甲第二号証によれば、明細書の発明の詳細な説明には実施例3として本件特許発明によって得られたとする1α-ヒドロキシビタミンD3の融点に関し「エーテルーペンタンから再結晶させると、微細な無色針晶m.p.132~133。(加熱速度1°/4秒)、m.p.128~129。(加熱速度1°/25秒)が得られた。」(公報二四欄二九~三二行)との記載があることが認められるが、一方、乙第三八号証によれば、ハルケス博士が、右実施例3に従って被告物件の融点を測定した実験において、前者の測定方法によった場合の融点は一四七・九℃、後者の測定方法によった場合の融点は一四一・三℃であったことが認められ、いずれの測定方法によっても、融点に少なくとも一〇℃以上の差が存することが認められる。
(2) 理論上、物質には、それぞれ固有の融点が存するところから、融点の測定は、通常、物質同定のための有効な手段として用いられているのであり、したがってその意味で融点が異なることをもって物質が異なるとする被告らの主張には全く理由がないわけではない。しかし、同一の物質であっても、測定の誤差あるいはその物質自体の純度によって測定によって得られた融点が異なることは、実際上、免れ得ないことであるから、物質同定手段としての融点の相違をみる場合、そのようなことも踏まえて検討されなければならない。
そこで、1α-ヒドロキシビタミンD3の融点についての他の資料をみると、甲第二五号証及び乙第一号証によれば、先願であるWARFが特許出願後の補正によって明細書に追加した融点は一二九~一三〇・五℃(特許公報一〇欄一一行目)とむしろ本件特許発明より低めの温度であることが認められるほか、甲第二六号証によれば、一九八九年発行にかかるザ・メルク・インデックス第一一版には、一三四~一三六℃(ハリソン)、一三八~一三九・五℃(ファースト)として二つの値が示されていること、甲第二七号証によれば、昭和五八年発行にかかる全訂医薬品要覧には、「一部分解:一三五~一三八℃(日局一般試験法)、一三七~一四二℃(日本ビタミンD3測定法)」と二つの値が示されていることが認められる。
また甲第一六号証によれば、デュファー社が、昭和五七年七月一六日出願(優先権主張日は一九八一年七月一七日)にかかる特許の願書添付の明細書(一四頁右下欄一三~一五行)において、n-ヘキサンで再結晶をした後の純粋な1α-ヒドロキシビタミンD3の融点を一三四℃であるとしていたことが認められ、また甲第二一号証によれば、テトラヘドロンレターズ第二三巻第九号・九九五~九九八頁(一九八二年発行)においても、右と同じ融点が示されていたことが認められる。
さらに、後発品の1α-ヒドロキシビタミンD3製剤の能書をみると、甲第五号証によれば「トヨファロール」の融点が一四一~一四六℃(日局エルゴカルシフェロール測定法)であること、甲第二八号証によれば「アスラビタール」(藤本製薬株式会社)の融点が一三七~一四二℃であること、甲第二九号証によれば「ディーアルファ」(沢井製薬株式会社)の融点が一三五~一三八℃(日局一般試験法)、一三七~一四二℃(日局ビタミンD2測定法)であることがそれぞれ認められる。
このようにみると、明細書の発明の詳細な説明に実施例3として記載された1α-ヒドロキシビタミンD3の融点はやや低めではあるが、他の資料に認められる融点に比べてさほど異なるわけではなく、特にWARFの明細書に記載された1α-ヒドロキシビタミンD3の融点が測定方法が異なるとしても本件特許の明細書に記載された実施例の融点とほぼ一致することからすると、右実施例3に記載された融点が、被告物件の融点と異なる主たる原因は、得られた1α-ヒドロキシビタミンD3の純度に由来していると推認することが化学常識にかなっているというべきである。
したがって、被告物件の融点の測定結果が、本件特許の実施例記載の融点と異なるからといって被告物件と本件特許発明の目的物質とが物として同一性が疑わしめられるものとは考えられない。
(3) なお被告らは、本件特許発明に対応するドイツ特許が、当該発明の方法によって得られる物質は純粋な物質である旨を強調して特許されたものであることを理由として、同じ発明に基づく本件特許の目的物質について、純度が劣ることをもって融点が異なる旨の弁解は許されないと主張するが、各国特許独立の原則に照らし、右の主張が失当であることは明らかである。
(二) 元素分析値の相違について
被告らは、また被告物件と本件特許発明によって製造された1α-ヒドロキシビタミンD3とは元素分析値が異なるから、同一の物ではないとも主張する。
甲第二号証によれば、明細書の発明の詳細な説明に実施例3として記載された1α-ヒドロキシビタミンD3の元素分析値は「実測値C80.6%、H11.04%」(公報二五欄八~九行)であると認められるから、残る酸素原子の占める割合が単純な引き算で得られるものであるならば、実施例で得られた1α-ヒドロキシビタミンD3の炭素原子、水素原子、酸素原子の割合は炭素原子が八〇・六パーセント、水素原子が一一・〇四パーセント、酸素原子が八・三六パーセントであると認めることができる。
すると、右値は1α-ヒドロキシビタミンD3(C27H44O2)についての計算値、炭素原子が八〇・九四パーセント、水素原子が一一・〇九パーセント、酸素原子が七・九七パーセントよりも、C26H42O2なる化学式で表される物質の計算値、炭素原子が八〇・七七パーセント、水素原子が一〇・九五パーセント、酸素原子が八・二八パーセントにより近い値であるということができ、その限りにおいて被告らの主張には全く理由がないわけではない。
しかしながら元素分析は、そもそも得られた物質の分子式が理論値と乖離しないかを確認するという物質の同定のための一資料に過ぎないのであるから、測定精度も加味して考慮すれば、右の程度の実測値と計算値との相違は十分許容される範囲にあるというべきである。
したがって、その構造式すら提示しないで実施例の元素分析値がC26H42O2なる化学式で表される物質に近似することのみ主張する被告らの主張におよそ理由があるものとは考えられない。
(三) 禁反言の主張について
(1) 被告らは、本件特許出願の審査過程において、原告RIMACが特許庁審査官の拒絶理由通知に対し、本件特許発明の目的物質を、WARFの先願発明の目的物質とは異なる構造の化合物である旨主張し、その結果、本件特許出願についての特許査定を受けるに至ったものであるから、禁反言の原則に照らし本訴に至って、WARFの先願発明の目的物質と同一構造である被告物件と、本件特許発明の目的物質とが、同一であると主張することは許されない旨主張する。
(2) ところで甲第一号証、第一〇号証、第一一号証の一ないし三、乙第二、第三号証、第二一号証、第六九号証及び弁論の全趣旨によれば、本件特許出願の審査過程において次のような事実が認められる。
ア 特許庁審査官は、本件特許出願の審査に際し、原告RIMACに対し、昭和五四年九月一一日付けで、WARFの先願発明を引用して、本願発明は、特許法二九条の二の規定により特許を受けることができない旨、備考として「反応を促進するために加熱することはこの出願前慣用の手段である。」との拒絶理由通知書を発した。
イ 原告RIMACは、これに対し昭和五五年二月九日、意見書を特許庁審査官に提出し、右意見書において、「本願目的化合物と引例の最終生成物とは構造的に異なっております。すなわち、本願目的化合物は特許請求の範囲所載の式から明らかなとおり、メチレン基に対してオルト位およびパラ位にそれぞれα配位のヒドロキシ基(1α-ヒドロキシ基)およびβ配位のヒドロキシ基を有するのに対し、引例の最終生成物XIV(括弧内略)はメチレン基に対してオルト位およびパラ位にそれぞれβ配位のヒドロキシ基およびα配位のヒドロキシ基を有しております。従いまして両化合物が化学構造上別異であることは明白であると信じます。」として、引例のWARFの先願発明と本件特許発明とでは目的物質が相違する旨主張したほか、引例のWARFの先願発明においては、目的物質が得られていなかった旨主張した。
ウ また原告RIMACは、同年三月八日付けで、右後者の主張を裏付けるため、WARFの先願発明においては目的化合物が得られていないことをその要旨とするロバート・ヘンリー・ヘッセ博士の宣誓供述書を特許庁に提出した。
エ 右意見書の内容について、その後の審査過程において特段の応答がされることなく、昭和五七年九月二九日には、本件特許出願についての出願公告決定、昭和五八年五月一八日には本件特許出願についての特許査定がされるに至った。
(3) 右によれば、原告RIMACが、本件特許出願の審査過程において、本件特許発明の目的物質のうち発明式ⅡにおいてR6、R7及びR9がいずれも水素原子である発明式Ⅲの物質(A式の物質)とWARFの先願発明の目的物質(先願当初明細書の特許請求の範囲に目的物質として記載され、同公報の七頁に式XIV(1α-ヒドロキシコレカルシフェロール)として示されている化合物、B式の物質)とが別異の物質である旨を言明したことは明らかであり、右主張に従えば、WARFの先願発明の右目的物質と同一構造式で表記される被告物件は本件特許発明の目的物質に含まれない別異の物質であるといわなければならないことになる。
しかしながら、甲第一二号証の一、第一三号証及び乙第一九号証によれば、A式で表記される1α-ヒドロキシビタミンR3とB式で表記される1α-ヒドロキシビタミンR3は、前記第三の二(原告らの主張)の1の(三)の(1)に記載している図のとおり矢印部分を軸として自由に回転する回転異性体(コンフォーマー)に過ぎないものであり、理論的に異なる化合物と認識することは可能であるが、実在する状態で区別することは原理的に不可能かあるいは意味のないことであるため、当業者は表記方法についても普通余り厳密に区別することなく曖昧に使用して、両式に示された化合物をいずれの表記によるとを問わず同一の化合物と認識しているものと認められる。
したがって原告RIMACが右の意見書において、WARFの先願発明を引用する拒絶理由に対して、目的物質の化学構造が異なるとした主張は明らかな誤りであったものといわなければならない。
(4) 被告らは、A式とB式を異ならしめる矢印で示した共役二重結合は自由に回転しないのであるから、A式とB式で表記される化合物がやはり別異の化合物であるといわなければならないと主張しているが、甲第七号証及び乙第九号証の一、二によれば、回転に若干のエネルギーが必要であるものの、結晶状態でない限り、右矢印部分において回転することは疑いのない事実であるので、A式とB式とは同一の化合物の回転状態におけるある瞬間の状態を指し示しているものというべきである。
また被告らは、A式とB式で表される1α-ヒドコキシビタミンD3は、1α-ヒドロキシビタミンD3という上位概念としては同一であるが、下位概念として構造式を異にして認識できる以上、下位概念としての議論をする場合、右各式で表される化合物は相互に別異の化合物であるというべきである旨主張するが、理論的に区別して認識することが前記のとおり可能であるとしても、当業者の理解を前提とする限り、通常の当業者であれば、WARFの先願発明あるいは本件特許発明の目的物質を、A式とB式によって区別する議論が間違いであると理解するのは明らかであるから、そのような間違っていることが明らかな主張を所与の前提として下位概念に従って議論すべきとする主張は採用し難い。また特許庁審査官においても、そのような下位概念に基づく主張に理由があるものと判断したものとも考え難い。
(5) そうすると、一般に出願人が特許庁審査官の拒絶理由通知に対する意見書において一定の陳述をなし、それが特許庁審査官に受け入れられた結果、拒絶理由が解消して特許が査定されたような場合においては、その特許権に基づく侵害訴訟の場において、特許権者らが右の陳述と矛盾する主張をして侵害を主張することが許されないという被告ら主張にかかる禁反言の原則が適用される場合があることは一般に否定できないが、本件特許に関しては、右にみたとおり、原告RIMACのした右陳述がそもそも誤っていることが明らかであるため、特許庁審査官の通常の認識を前提とする限り、右陳述が特許庁審査官に受け入れられて拒絶理由が解消して本件特許出願が特許査定されるに至ったものとまで認めることは困難であるといわざるを得ず、したがって本件特許出願の審査過程における原告RIMACの陳述の結果、原告RIMACが本訴において被告物件と本件特許発明の目的物質との同一性を主張することが禁反言の原則に反するということはできない。
したがって、右を前提として被告物件と本件特許発明の目的物質が異なるとする被告らの主張には理由がないものといわなければならない。
2 公然と知られた物でないことについて
(一) 甲第六号証及び弁論の全趣旨によれば、本件特許発明の目的物質中、発明式ⅡにおいてR6、R7及びR9をすべて水素原子とする発明式Ⅱの物質(1α-ヒドロキシビタミンD3)は、優先権主張日である米国特許第一出願日(昭和四八年一月一〇日)当時、日本国内において公然と知られた物でなかったものと認められる。
(二) 被告らは、前掲の公知文献である乙第五号証(ジャーナル・オブ・ザ・ケミカル・ソサエティ(C)、一九七〇年発行)及び乙第三四号証(ヘルベチカ・シミカ・アクタ第五四巻、一九七一年発行)に基づき、1α-ヒドロキシビタミンD3は、右新規性判断基準日において、公然と知られた物であった旨主張するが、両文献の内容は前記一の3の(一)、(二)にみたとおりであって、いずれの文献も1α-ヒドロキシビタミンD3を得るに必要な中間体の生成のみを記載するにとどまり、特に後者の文献においては1α-ヒドロキシビタミンD3への言及すらないのであって、1α-ヒドロキシビタミンD3が本件特許発明前に実際に製造されたことを示す文献とは認められない。
被告らは、前者の文献には1α-ヒドロキシビタミンD3を生成するに必要な中間体が開示されており、しかも該中間体から1α-ヒドロキシビタミンD3を得る方法は、類似のビタミンDの合成から周知慣用の手段であることが明らかであるから、右文献より1α-ヒドロキシビタミンD3は化学常識上認識し得たと主張し、乙第二〇号証によれば、帝京大学薬学部教授である薬学博士高山浩明が、右に沿った趣旨の意見を示していることが認められる。
確かに、一般にある物が現実に存在しなくとも、当業者においてその物を製造する手掛かりが得られる程度に知られた事実が存した場合には、その物が公然と知られた物であるといい得る場合があることは一概に否定できず、本件特許の処理手段自体が、その当時のビタミン学の分野においては周知慣用の手段であったことは原告らも特段争わないところではあるが、乙第一二、第一三号証によれば、1α-ヒドロキシビタミンD3自体は、その当時物質特許が認められていた米国、英国において、いずれもWARFが一九七一年(昭和四六年)一二月二日にした米国での特許出願あるいはその優先権主張に基づいて物質特許を得たものと認められる程であるから、本件特許出願についての優先権主張日である昭和四八年一月一〇日当時の平均的当業者を基準として考える限り、右の文献の開示のみによって1α-ヒドロキシビタミンD3が製造できるほどの手掛かりが与えられていたものとはおよそ考えられない。
したがって右公知文献に基づき1α-ヒドロキシビタミンD3が公然と知られていたとする被告ら主張には、理由がないものといわなければならない。
3 結論
したがって、被告物件は、方法の特許である本件特許発明の目的物質に当たり、かつ右目的物質は本件特許発明の優先権主張日当時、日本国内において公然と知られた物でなかったものと認められるから、被告物件は、特許法一〇四条により本件特許発明により製造されたものと推定される。
その結果、被告物件を用いてするアルファカルシドール製剤の製造販売行為が本件特許権を侵害するものではないというためには、被告らにおいて被告物件の製造方法を主張、立証し、かつ同方法が本件特許発明の技術的範囲に属しないことを主張、立証しなければならない。
三 争点3について
1 イ号方法の実施
甲第一五号証、乙第二三ないし第二五号証によれば、本件期間中、前記第二の二の被告らの行為に用いられた被告物件は、デュファー社において、別紙イ号方法目録記載の方法により製造されていたものと認められる。
原告らは、被告らの立証は客観的な証拠に基づくものではない旨主張するが、右主張は書証作成者とデュファー社との関係などの抽象的な非難にとどまるものであって、具体的根拠を示すものではないのであるから、右書証による右認定事実を覆すに足りるものではない。かえって、甲第一五号証及び第一九号証によれば、原告帝人がしたイ号方法の追試実験によっても、イ号方法の実施可能性が十分裏付けられていると認められるのであるから、イ号方法が実施されていたことは十分立証されているものというべきである。
2 イ号方法の実験報告書
甲第一五、第一九号証、乙第三一号証によれば、イ号方法を追試した実験及びそれに関連してされた実験に関する実験報告書として次の三つがあり、その内容は次のとおりであるものと認められる。
(一) 平成三年五月九日付け池川博士作成の鑑定書(甲第一五号証)
(1) 右は本訴提起前に、被告旭化成から原告帝人に開示されたデュファー社における被告物件の製造方法(一九九〇年六月二八日付けハルケス博士の宣誓陳述書A(甲一五添付別紙Ⅰ))に基づいて1α-ヒドロキシビタミンD3を合成し、その反応過程に中間体としてプレ体が生成し、右により1α-ヒドロキシビタミンD3が生成していないかを鑑定するためにした追試実験と、右実験の反応過程に生成する中間体A(乙三一において、被告らが中間体Ⅱと呼ぶ物質と同一物質である。)を出発物質とする反応実験からなる実験報告書である。
実験の対象となった陳述書に開示された被告物件製造方法のうちのイ号方法に対応する部分は、同陳述書三頁H項記載の「KOH in CH3OH at 65℃,6-8hrs,in the presence of oxygen(air)」なる部分で、右は先行する反応過程において得られた化合物15(イ号方法にいう化合物Ⅰ((S)-ヒドロキシ・プレビタミンD3トリアゾリンジオン誘導体)のことである。)をCH3OH溶液に苛性カリ水溶液を加え反応液を六~八時間酸素(空気)の存在下で六五℃に加熱することを意味する工程である。
ところで、本実験においてはデュファー社の特許出願を参照して苛性カリ水溶液の濃度を一五規定として実験を行ったものであるうえ、六五℃なる加熱温度は溶媒のCH3OH(メチルアルコール)の還流温度(沸騰温度と同じ)とほぼ同じであるから、右陳述書記載の条件で行った本実験は、イ号方法の追試実験とみて差し支えないものと解される。
なお反応時間について、本実験は五時間であり、イ号方法は二四時間であるとの相違はあるが、本実験はイ号方法において反応過程に生じる中間体の生成を確認する目的で行われたものであり、しかも実験時間内に十分な1α-ヒドロキシビタミンD3の生成が認められているのであるから、この点のみによって本実験を、イ号方法の追試実験とみることが妨げられるものとは解されない。
(2) そして右追試実験結果によれば、イ号方法においては、初めに中間体Aが生成して急激に増え比較的初期に最大値に達すると一転して減少に転じて三時間後にはほぼ反応系に存在しなくなること、プレ体は、反応開始後ゆるやかに生成しはじめ、反応開始後六〇分で収率が最大値に達した後緩やかに減少してゆくこと、1α-ヒドロキシビタミンD3がプレ体の生成開始に引き続き緩やかに生成を開始して一方的な増加傾向が続くこと、当初一時間位までは、1α-ヒドロキシビタミンD3よりもプレ体の生成を多くみることなどの事実が認められる。
また中間体Aを出発物質とした場合の実験においても、中間体Aが一方的に減少してゆくかたわら、右の化合物Ⅰを出発物質とする追試実験と同じような態様でプレ体と1α-ヒドロキシビタミンD3の生成がみられることが認められる。
(3) 被告らは、イ号方法は反応液に空気をバブリングさせて行なうものであるから、右実験はイ号方法の追試とはなっていない旨主張するところ、前掲の乙第二四、第二五号証によれば、コルネリス教授及び本訴被告ら代理人らが、デュファー社において、被告物件の製造現場に立合った際には、反応液に空気を積極的にバブリングする方法により被告物件が製造された事実が認められる。
しかしながら、甲第一五号証及び乙第二三号証によれば、被告物件の製造方法を最初に開示した前掲のハルケス博士の宣誓陳述書Aにも、一九九一年五月三一日付け同博士の陳述書Aにも、被告物件の製造方法のうちイ号方法に該当する工程については単に「in the presence of oxygen (air)」(「酸素(空気)の存在下」)とあるのみで、空気と反応液を積極的にバブリングすることを示した記載がないものと認められ、通常、右は反応液と接触する気相が酸素(空気)であることを意味するにとどまると解されるのであるから、当初開示されず、原告らの立証を受けて初めて主張されたという経緯からすると、乙第二四、第二五号証に認められるバブリング操作を伴う製造方法が、デュファー社において、工業的に必ずいつも行われているものとは認め難い。
また、乙第二九号証の記載中には、イ号方法がバブリング操作を要件とするものであるとするハルケス博士の陳述が存在するが、右認定の事実に照して右陳述内容は、やはり直ちに信用し難いものといわなければならない。
また仮にバブリング操作をしていたことが事実であるとしても、後記検討するとおり、バブリングするか否かにより反応経路を異にするとの被告らの主張事実は認め難いのであるから、いずれにせよバブリング操作を欠く本追試実験結果が、その理由だけでイ号方法の追試実験としての証拠価値を全く有しないものとまでいうことはできない。
(二) 平成四年一月二四日付け池川博士作成の鑑定書(甲第一九号証)
(1) 本鑑定書は、イ号方法においてはバブリングをしているとする前記実験結果(甲一五)に対する被告らの反論を踏まえて、反応液に空気をバブリングすることにより空気(酸素)の供給を積極的に行ってイ号方法の反応過程に中間体としてプレ体が生成し、右により1α-ヒドロキシビタミンD3が生成していないかを鑑定するためにしたイ号方法の追試実験と、被告らの主張する化合物Ⅴを経由する1α-ヒドロキシビタミンD3の生成の存否を鑑定するためにした化合物Ⅴの反応実験からなる実験報告書である。
(2) 右のイ号方法の追試実験結果によれば、イ号方法において空気をバブリングした場合においても、酸素をバブリングした場合においても、中間体A、プレ体、1α-ヒドロキシビタミンD3の全体的な生成態様は、前記(一)におけるイ号方法の追試実験結果とほぼ同様であることが認められるが、いずれにおいても中間体A及びプレ体の生成が促進される傾向にあることが認められる。
中間体Aの収率についてみると、空気をバブリングした場合においては、生成のピーク時である反応開始後三〇分で、前掲甲第一五号証に認められるイ号方法の追試実験結果のほぼ倍の率になっていることが認められる。
酸素をバブリングした場合においては、中間体Aの生成ピークが、空気をバブリングした場合に比較してやや緩やかになるが、この場合においては、プレ体の生成が促進される傾向がより顕著に認められ、特に反応開始後六〇分ころまでがその傾向が極めて顕著である。
また、いずれの場合においても反応開始後六〇分位までは、1α-ヒドロキシビタミンD3の生成量より、プレ体の生成量が多いことが認められ、また反応過程に化合物Vが生成して、やがて減少して消滅する事実も認められる。
他方、化合物Vを単離し加熱による反応を調べた実験結果によれば、化合物Vから微量の1α-ヒドロキシビタミンD3が得られるが、大部分の化合物Vは複雑な分解をして1α-ヒドロキシビタミンD3を生ずることなく消えてしまうことが認められる。
(3) 被告らは、本実験について、資料のサンプリングからその分析までに要した時間や、あるいは原告帝人の実験方法の技術が稚拙であることに由来して被告らの主張と異なる実験結果が得られたのであるとして、その実験結果については信頼できないものと主張するが、右主張はいずれも根拠に乏しく、右実験結果の信頼性を排斥するに足りるものではない。
(三) ハルケス博士の陳述書(乙第三一号証)
(1) 本陳述書は、前記(一)の原告らの立証を受けて、イ号方法においては、プレ体を経由せずに1α-ヒドロキシビタミンD3が生成することを立証する目的で、デュファー社が行ったイ号方法の追試実験及び中間体Ⅱ(原告らが「中間体A」という物質と同じである。)を出発物質とする反応実験を内容とする実験報告書である。
(2) 右実験結果によれば、化合物Ⅰを出発物質とするイ号方法の追試実験の場合、中間体Ⅱの生成は実験開始から短時間のうちに最大値に達し、次第に減少し、反応の初期から生成する化合物Vとともに、反応開始後三六〇分後にはほとんど消失することが認められる。
またプレ体は、反応開始直後から生成を開始し、六〇分経過位から、極く緩やかに増加傾向に転じ、反応開始後二四〇分で最大値に達して極く緩やかな減少傾向に転じること、並行して生成を開始する1α-ヒドロキシビタミンD3は、実験終了時まで一方的な増加傾向を続けることが認められる。
右の傾向は中間体Ⅱを出発物質とする実験においても同様に認められる。
ただ、本実験においては、プレ体の生成量が、右(一)、(二)の実験結果にみられるように反応開始当初に1α-ヒドロキシビタミンD3の生成量を上回ることは認められず、また右(一)、(二)の実験結果に比べると反応途中におけるプレ体の生成量の変化は極く緩やかである。
3 実験結果の考察
(一) いずれのイ号方法の追試実験結果においても、中間体A(中間体Ⅱ)の生成のピークが反応の最初に認められ、以後、1α-ヒドロキシビタミンD3の生成量が増加するにつれて、減少傾向に転じていることが認められ、また中間体A(中間体Ⅱ)を出発物質とする前記2の(一)、(三)の実験のいずれにおいても、化合物Ⅰを出発物質とした場合とほぼ同様のプレ体、1α-ヒドロキシビタミンD3の生成傾向をとることが認められている。
したがってイ号方法においては、化合物Ⅰが反応当初に中間体A(中間体Ⅱ)に変化してそれが反応全体で重要な役割を果たしているということが明らかであるというべきである。
(二) また右実験結果によって、中間体A(中間体Ⅱ)が、1α-ヒドロキシビタミンD3生成にどのように関与しているか、すなわち中間体A(中間体Ⅱ)からプレ体が生成しているのか、あるいは直接1α-ヒドロキシビタミンD3が生成しているものであるのかそれ自体を明らかにすることはできないといわざるを得ないが、その点は暫く措くとしても、右いずれの実験結果によっても、イ号方法においては、反応過程において、プレ体が生成し、右プレ体が反応系のなかで加熱されることによって異性化して1α-ヒドロキシビタミンD3に生成していることが明らかにされているというべきである。
すなわち、プレ体が加熱されて容易に1α-ヒドロキシビタミンD3に異性化するということは、本件特許発明の特徴の一つであるし、被告らも前記した本件特許の無効主張のなかで前提としており、かつ乙第三七号証により認められるハルケス博士の実験データにおいても認められる事実なのであるから、加熱された反応系においてプレ体が存在することが認められた場合においては、右プレ体は1α-ヒドロキシビタミンD3に異性化するものと考えるのが相当である。また、生成するプレ体が1α-ヒドロキシビタミンD3から熱的平衡によって生成したものであるといい得るためには、後記検討するとおり、生成するプレ体の量がプレ体と1α-ヒドロキシビタミンD3の熱的平衡値以上に存在していないということが認められなければならない。
しかるところ、いずれの実験結果においても、前記認定したとおり、プレ体は、反応系において反応の最初のころにその生成量が最大値に達した後は緩やかに減少してゆく傾向にあるが、他方で1α-ヒドロキシビタミンD3が一方的に増加する傾向にあることが認められ、特に前記2の(三)のイ号方法の追試実験の結果では、1α-ヒドロキシビタミンD3が一方的に増加するかたわら、反応中に生成するプレ体の生成量が極く緩やかな変化量で推移しており、また前記2の(一)、(二)のイ号方法の追試実験結果では、反応当初一時間位まではプレ体の生成量が1α-ヒドロキシビタミンD3の生成量を上回っていることが認められている。
このように、イ号方法の追試実験において、加熱され1α-ヒドロキシビタミンD3に変化してしまうはずのプレ体のみかけ上の生成量が、ある範囲の生成量のなかの変化で長時間存在している一方で1α-ヒドロキシビタミンD3の生成量が一方的に増加しているものと認められたり、右生成の認められるプレ体が後記検討するとおりその全てが1α-ヒドロキシビタミンD3からの熱的平衡反応より生成したものであるとは考えられないものであることなどからすると、イ号方法においては、プレ体が生成するかたわら、プレ体から1α-ヒドロキシビタミンD3への異性化反応が生じているのであり、プレ体が化合物Ⅰから1α-ヒドロキシビタミンD3を生成する反応経路において中間体としての役割を果しているものと推認するのが相当であるというべきである。
(三) 被告らは、自ら提出した実験報告書である前記2の(三)のハルケス博士の陳述書における実験結果においてすら、イ号方法の反応初期に相当量のプレ体の生成があると認められることに関し、反応過程に生成するプレ体は生成した1α-ヒドロキシビタミンD3からの熱的平衡反応により生じたものであると主張する。
しかしながら、反応過程において生成するプレ体が、1α-ヒドロキシビタミンD3との熱的平衡反応のみにより生じるものであるというためには、生成するプレ体が1α-ヒドロキシビタミンD3とプレ体との熱的平衡状態の割合以上に生じていないことが必要条件であるというべきところ、右の実験結果においては右より遙かに大量のプレ体の生成が認められているのであるから、被告らの右主張は成り立たない。
すなわち、乙第二四号証によれば、コルネリス教授がデュファー社のイ号方法実施の状況を検分したところにより、イ号方法による反応終了時のプレ体と1α-ヒドロキシビタミンD3の比率が一七対八三(1α-ヒドロキシビタミンD3に対するプレ体の比率が約二〇パーセント)であることが認められ、乙第三七号証によれば、六五℃におけるプレ体から1α-ヒドロキシビタミンD3への熱的平衡反応による異性化を観察したハルケス博士の実験データにより、純粋のプレ体を六五℃において加熱した場合、反応開始七時間後でプレ体と1α-ヒドロキシビタミンD3の比率がやはり一七・三対八二・七(1α-ヒドロキシビタミンD3に対するプレ体の比率が約二〇・九パーセント)となって右状態でほぼ熱的平衡状態に達していると認められ、右事実によれば、イ号方法の反応系において生成する1α-ヒドロキシビタミンD3から熱的平衡反応により生成するプレ体の量は、1α-ヒドロキシビタミンD3の生成量の二〇パーセントを大幅に超えることがないものと認められる。
しかしながら、前記2の(三)のハルケス博士の陳述書のイ号方法の追試実験において生成するプレ体と1α-ヒドロキシビタミンD3の比率は、乙第三一号証によれば、1α-ヒドロキシビタミンD3に対するプレ体の比率で示すと、反応開始から三〇分後で約八五パーセント、六〇分後で約五三・七パーセント、一二〇分後で約五三・一パーセント、一八〇分後で約三六・六パーセント、二四〇分後で約二五・八パーセント、三〇〇分後約一九・六パーセント、三六〇分後で約一五・六パーセントであると認められ、反応開始直後から六時間余りの間、1α-ヒドロキシビタミンD3からの熱的平衡反応により生成するものと考えられるプレ体の量に比べ遙かに大量のプレ体が反応系において生成していることが認められる。
してみると、前記したようにプレ体は加熱された反応系において1α-ヒドロキシビタミンD3に容易に変化するのであるから、前記2の(三)のハルケス博士の陳述書におけるイ号方法の追試実験結果によったとしても、イ号方法の反応系の中にはプレ体を経由して1α-ヒドロキシビタミンD3が生成するという本件特許発明の反応経路が含まれているものと認めるのが相当である。
右の点は、反応当初、プレ体の生成量が1α-ヒドロキシビタミンD3の生成量を上回る前記2の(一)、(二)の各池川博士の鑑定書におけるイ号方法の追試実験結果によればより明らかであり、結局、いずれの追試実験結果によっても、イ号方法においてプレ体を経由して相当量の1α-ヒドロキシビタミンD3が生成していることは疑いようのない事実といわなければならない。
(四)(1) 被告らは、酸素供給下でのイ号方法においてはそもそもプレ体は生成しないのであり、生成が認められるプレ体は酸素供給不足により生じたものであると主張したり、あるいは、1α-ヒドロキシビタミンD3の生成が圧倒的に大量であるので、プレ体から1α-ヒドロキシビタミンD3への変換は抑圧されて、右変換は生じない旨主張する。
しかしながら、酸素供給下でのイ号方法ではプレ体が生成しないとの主張については、乙第三二号証により認められるハルケス博士による理論的検討に依拠しているものと認められるが、前掲の甲第一九号証によれば、前記2の(二)のとおり酸素供給下でイ号方法の追試を行った追試実験結果によれば、かえってプレ体の生成が促進されていることが認められているのみならず、前掲の乙第三一号証によれば、デュファー社において行ったイ号方法の追試実験においてすら、前記したように1α-ヒドロキシビタミンD3からの熱的平衡反応による異性化で説明できない量のプレ体が生じている事実が認められているのであるから、乙第三二号証に示された理論的検討に基づき、中間体ヒドラジンⅡaの生成が確認されなかった等の事実の検討を経るまでもなく、イ号方法において相当量のプレ体が生成していることは明らかである。してみると右陳述書の理論的正当性を検討するまでもなく、右の主張は採用できないといわざるを得ない。
また、イ号方法の反応系においては、1α-ヒドロキシビタミンD3の生成が圧倒的に大量であるので、プレ体から1α-ヒドロキシビタミンD3への変換は抑圧されて、右変換は生じないとの主張については、主張を裏付ける足りる理論的説明も証拠もなく採用できない。
(2) また、被告らは、イ号方法の追試実験の反応過程において生成するプレ体を前記のとおり主張するとともに、イ号方法における1α-ヒドロキシビタミンD3の生成はプレ体を経由するものではなく化合物V経由であると主張する。
しかしながら、イ号方法におけるプレ体の生成、消滅に関する主張がいずれも誤りであることは前記のとおりであるし、その点は措くとしても化合物V経由であるとの主張は、理論的主張にとどまり何ら実験結果によって裏付けられているものではない。
かえって、甲第一九号証によれば、前記2の(二)のとおり化合物Vは一部1α-ヒドロキシビタミンD3を微量生成するが大部分は複雑な分解をして消滅することが認められているのであるから、生成する1α-ヒドロキシビタミンD3の大部分は化合物Vを経由して生成するものでないというべきである。
したがって、イ号方法における反応過程で生成する化合物Vが1α-ヒドロキシビタミンD3の生成にどのように関与するものであるのかは確定的に明らかにすることができないとしても、いずれにしてもプレ体経由による1α-ヒドロキシビタミンD3の生成がイ号方法における1α-ヒドロキシビタミンD3生成の主要部分を占めるという事実を否定するものではないことは明らかである。
なお被告らは、甲第一九号証記載の原告帝人がした化合物Vに関する実験内容に対し、その方法が稚拙であるとの主張をするが、いずれも十分な根拠のない非難にとどまっており斟酌すべきものとは認められない。
(四) 以上の考察のとおり、甲第一五、第一九号証、乙第三一号証によれば、原、被告ら双方がしたいずれのイ号方法の追試実験結果によっても、イ号方法の反応過程に1α-ヒドロキシビタミンD3からの熱的平衡反応により生じ得る以上のプレ体の生成が確認されているのであるから、イ号方法がプレ体経由での1α-ヒドロキシビタミンD3を生成するという反応経路を含んでいる事実自体は否定し難く、しかも被告ら主張にかかる化合物V経由により1α-ヒドロキシビタミンD3が生成しているという事実を根拠付けるに足りる証拠はないのであるから、結局、イ号方法における1α-ヒドロキシビタミンD3の生成は、その大部分が反応過程で生成したプレ体が反応系で加熱されて1α-ヒドロキシビタミンD3を生成することに由来しているものと認められる。
4 本件特許発明とイ号方法との対比
(一) 以上のイ号方法の追試実験結果も踏まえて、イ号方法と本件特許発明を対比してみると、まず第一にその出発物質が異なることが認められる。
しかしながら、イ号方法はその反応過程でプレ体を生成し、プレ体が反応系のなかで加熱により異性化されて1α-ヒドロキシビタミンD3に生成するという反応経路を含んでいるものと認められることは前記のとおりであり、プレ体は本件特許発明の出発物質である発明式Ⅰに含まれる化合物であるし、また1α-ヒドロキシビタミンD3は本件特許発明の目的物質である発明式Ⅱに含まれる化合物であるから、イ号方法には、本件特許発明の出発物質を加熱により異性化させて本件特許発明の目的物質を生成させるという本件特許発明が一体として含まれていると認められ、しかも前記のとおりイ号方法において生成する1α-ヒドロキシビタミンD3の大部分は右反応経路により生成するものと認められるから、イ号方法は本件特許発明の技術的範囲に属するものというべきである。
(二) 被告らは、本件特許発明は出発物質はプレ体に限られるのであるから、明らかに異なる出発物質を用いるイ号方法は本件特許発明の技術的範囲に属しない旨主張する。
しかし、本件特許発明をそのように限定して解すべき根拠はなく、イ号方法が別異の出発物質を用いているとしても、結局、本件特許発明を利用していることは前記のとおりであるから、右被告ら主張には理由がない。
(三) 被告らは、また、本件特許発明の熱的異性化とは酸素や空気を排除した熱のみを要素とする反応を意味するのであり、したがって前記のとおりバブリング操作をして空気を積極的に用いるイ号方法は本件特許発明の技術的範囲に属しないとも主張する。
しかし、酸素又は空気の存否は本件特許請求の範囲に何ら記載されていないのであるから、右が技術的範囲を画するものとは考えられない。
なお、甲第二号証によれば、明細書記載の実施例はいずれもアルゴン雰囲気下でなされていることが認められるが、1α-ヒドロキシビタミンD3のような複雑な構造を有する化合物については酸化作用により副反応を起こすおそれがあるので、精密な実験を行うときは副反応を少しでも避けるために空気を除いて不活性気体とよばれるアルゴンや窒素などの中で行うことも多いのであり、右実施例の記載もその例であると考えられ、右により本件特許発明が酸素の無い状態での化学反応に限られると解すべき根拠とはならない。
また仮に、バブリング操作を加えることによって、本件特許発明に比してより収率が高くなるなどの効果が得られるものであるとしても、右は本件特許発明に付加的要素を加えるものに過ぎず、技術的範囲に属するとの判断を左右するものではない。
(四) 被告らの熱的異性化の技術的意義に関するその余の主張はいずれもその趣旨が分明であるとはいい難いが、本件特許発明の技術的範囲にいう熱的異性化とは、乙第三七号証に認められるところの、純粋なプレ体から出発して1α-ヒドロキシビタミンD3を得る化学反応によって示されるプレ体と1α-ヒドロキシビタミンD3の生成量との割合比のように、プレ体の一方的減少と1α-ヒドロキシビタミンD3の一方的増加でなければならないとの主張については、結局、本件特許発明の出発物質をプレ体に限定する議論と同じであってその理由がないことは前記のとおりである。
また、被告らは、イ号方法が逐次反応であることを所与の前提とする議論自体が誤っている旨主張するが、前記の実験結果の検討から明らかなように、イ号方法においては、化合物Ⅰから、プレ体が生成し(その間の反応経路は確定し難いが、いずれであったとしてもイ号方法が本件特許発明の技術的範囲に属するとの判断を左右しない。)、そのプレ体が加熱されて1α-ヒドロキシビタミンD3に生成していると認められるから、右が逐次反応であることは明らかであり、したがってイ号方法の反応過程においては、プレ体の生成とプレ体から1α-ヒドロキシビタミンD3の生成が並行して起こっていて、反応全体としてみればプレ体の絶対量が減少し1α-ヒドロキシビタミンD3が生成しているものと認められるのであるから、結局、イ号方法は被告らのいう意味においても本件特許発明の技術的範囲に属しているものというべきである。
(五) なお被告らは、生成する1α-ヒドロキシビタミンD3が全てプレ体を経る反応過程を経なければ、本件特許の技術的範囲に属するものとはいえないとの前提で、原告らの主張、立証に対して種々反論しているが、極く微量の1α-ヒドロキシビタミンD3が不可避的に本件特許発明の反応経路において生成するような場合は別として、その割合を正確に明らかにすることはできないものの本件のように少なくともその相当部分の1α-ヒドロキシビタミンD3が本件特許発明の反応経路において生成しているものと認めて差し支えない場合においては、右方法が本件特許発明を利用するものといわなければならないことは明らかであって、これと異なる被告らの主張は採用できない。
(六) 被告らは、その他にも本件特許発明とイ号方法とが化学的に別異の反応機構である趣旨をさまざまに主張しているところ、その論旨は出発物質をことさらに限定する趣旨であったり、あるいはその逆に特許請求の範囲外の要素を付加して本件特許発明の技術的範囲を定めることを前提とする主張であったりするものであると理解されるのであって、その主張はいずれも採用し難い。
5 結論
以上によれば、特許法一〇四条の適用がある本件において、イ号方法が本件特許発明の技術的範囲に属しないことについての主張、立証がされていないことは明らかであるから、同条が適用される結果、被告ら及び扶桑薬品工業が被告物件を用いてした前記第二の二の行為は本件特許権を侵害するものであるというべきである。
四 争点4について
1 原告らの権利及び原告帝人の実施について
(一) 原告RIMACが本件特許権の特許権者であること、原告帝人が本件特許権の専用実施権の設定を受けて平成三年一月二八日にその登録を了したものであることは当事者間に争いがない。
(二) 専用実施権設定登録前の原告帝人の権利について
(1) 甲第三一号証によれば、原告ら間で、一九七五年(昭和五〇年)五月八日付けで締結されたライセンス契約書には、「2・許諾」として、原告RIMACが、原告帝人に対し、「ライセンス特許に基づくライセンス地域で、そのプロセスの実施および/又はライセンス製品を製造、使用、販売及び人間に対する又は動物薬としてのライセンス製品を用いての処方、処置法を実施する上での独占的ライセンス(exclusive lisen-ce)を・・許諾し」原告帝人が「これを受諾する」との約定があり、同契約書「1・定義」の項を参照すれば、その当時出願中であった本件特許発明は右「ライセンス特許」に含まれ、日本は右「ライセンス地域」には含まれるものと解されるから、原告RIMACは、右契約において、出願にかかる本件特許発明の日本国内における独占的ライセンスを、原告帝人に対し、許諾したことが認められる。
(2) そしてさらに、甲第四一号証によれば、専用実施権設定登録申請に先立つ一九九〇年(平成二年)一一月六日付けで原告ら間に作成された確認書において、原告ら間において右ライセンス契約書にいうライセンスが専用実施権であることの確認がされていることが認められる。
しかしながら、右確認書において、それ自体ライセンス契約書に記載のなかった専用実施権の範囲が併せて確認されていることや、本件特許権登録後七年余りを経過してようやく右の確認書が作成され専用実施権の設定登録がされるに至った経緯に照らすと、当初のライセンス契約における合意が専用実施権設定契約の趣旨まで含むとする右確認書の確認内容をそのまま受け入れることは困難であるといわざるを得ず、むしろ右ライセンス契約を受けた同確認書において、専用実施権設定契約が締結されたものと認めることが相当である。
(3) したがって、原告帝人は、当初のライセンス契約によって、本件特許権の専用実施権設定契約者の地位まで得たものと解することはできない。しかし、右ライセンス契約における出願された段階にある本件特許発明の独占的ライセンスを許諾するという契約内容は、本件特許発明に基づく特許出願が出願公告された後には、当該仮保護の権利に基づく本件特許発明の独占的実施権を、本件特許発明の特許権設定登録後には、当該特許権に基づく独占的通常実施権を、それぞれ許諾するということが、少なくとも契約当事者の合理的意思であるものと解されるから、原告帝人は、右ライセンス契約により、本件期間中(ただし、専用実施権設定登録前)については、本件特許権についての独占的通常実施権を許諾されていたものと解するのが相当である。
(4) なお乙第六七号証によれば、右ライセンス契約書に用いられた独占的ライセンス(exclusive lisence)という用語は、米国では、専用実施権と類似する内容の実施権と、許諾権者及びその子会社の実施権を留保する内容を含む実施権の両者を含む概念と考えられていることが認められ、同契約書には右の点が明示的に触れられていないことから、独占的通常実施権であるといっても、当該契約においては、原告RIMACに実施権が留保されているものと解される余地もある。
しかしながら、そもそもアルファカルシドール製剤を日本国内において製造販売するためには薬事法上の種々の制限があるうえ、事実としても、原告RIMACが日本国内において本件特許発明を実施したことはないし、また右に加え後記認定のとおり、原告帝人が、右ライセンス契約に基づく実施許諾を受けて日本国内において本件特許発明を独占的に実施し、結局、右のように専用実施権設定を受けるに至ったものであるから、右ライセンス契約書の内容が、原告RIMACにおいて日本国内における自らの実施権を留保して原告帝人に実施権を許諾したものと解すべきものであるとは考えられず、むしろ右契約は原告RIMACが日本国内で本件特許発明を実施しないことを前提とした趣旨であったものと解するのが相当である。
(5) したがって、本件特許権設定登録後である本件期間中(ただし、専用実施権設定登録前)に、原告帝人が、原告RIMACより許諾を受けていた本件特許発明の実施権は、講学上のいわゆる完全独占的通常実施権であったものと解することが相当である。
(三) なお、被告らは、原告帝人が、本件特許発明を実施していることをも争うが、原告帝人が原告RIMACより本件特許発明が出願公開された当時からその許諾を受けて、アルファカルシドール製剤の商品化を行い、昭和五五年に厚生大臣から製造承認を受けて、商品名「ワンアルファ」として販売してきたことは甲第三一号証、証人赤尾晴夫(以下「証人赤尾」という。)の証言及び弁論の全趣旨より認められるところであり、したがって原告帝人はそれに伴う相当額の実施料を原告RIMACに支払ってきたものであると推認されるのであるから、原告帝人が本件特許発明を実施していたことは明らかであるというべきである。
また被告らは、原告帝人の製造販売するアルファカルシドール製剤「ワンアルファ」の融点がその能書によれば一四二℃であって、明細書の発明の詳細な説明に記載された実施例の目的物質の融点(一二八~一三三℃)とは異なるので原告帝人のアルファカルシドール製剤は本件特許発明の実施品とはいえないと主張するが、右程度の融点の相違をもって化合物として異なるとの主張に理由がないことは前記二の1の(一)に述べたとおりであり、被告らの右主張には理由がない。
2 被告ら及び扶桑薬品工業の過失について
(一) 被告ら及び扶桑薬品工業が、本件期間中にそのアルファカルシドール製剤を製造販売することによって、原告RIMACが有する本件特許権及び原告帝人が有する専用実施権(ただし、平成二年一一月一三日に設定登録を了した以降の期間)を侵害することについて、被告ら及び扶桑薬品工業に過失があることは、特許法一〇三条により推定される。
(二)(1) 原告帝人は、専用実施権の設定登録を了する以前についても、被告ら及び扶桑薬品工業が右行為をすることによって、原告帝人が有する本件特許権の独占的通常実施権を侵害することについて、被告ら及び扶桑薬品工業に過失があることは、特許法一〇三条により推定される旨主張するが、同条の規定に照らし右のように解することはできない。
(2) ところで甲第一四号証、第四四号証及び第四九号証の各一、二、第四八号証、乙第六ないし第八号証並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
ア 原告帝人は、被告旭化成に対し、アルファカルシドール製剤「トヨファロール」の製造販売を開始する前に、平成二年六月二三日付け内容証明郵便で、本件特許権の存在及び原告帝人が本件特許の独占的通常実施権者であること、被告旭化成の実施行為が本件特許権を侵害するものであることを通知、警告し、また被告東海カプセルに対しては、同年五月二三日付け内容証明郵便で、また扶桑薬品工業に対しては、同月二四日付け内容証明郵便で、それぞれ同内容の通知、警告をした。
イ 右通知、警告を受けた被告旭化成は、原告帝人に対し、被告旭化成が使用しているアルファカルシドール原末の製造方法を開示するとともに、同年七月三日付け及び同月一一日付け内容証明郵便で、本件特許が無効である旨主張するとともに、話し合いによる解決を求める回答をしたが、結局、被告東海カプセルにそのカプセル化を委託して、同年七月ころより、「トヨファロール」の製造販売を開始した。
ウ 他方、被告東海カプセルは、同年六月二三日付け内容証明郵便で、原告帝人に対し、本件特許権侵害はない旨主張するとともに、製造販売の中止如何は、被告旭化成を含む委託先会社の意向に従うので、原告帝人において委託先会社との話し合いにより解決されたい旨回答するにとどめ、右のとおり被告旭化成の委託を受けた「トヨファロール」のカプセル化工程を開始した。
エ また、扶桑薬品工業は、同年六月九日付け内容証明郵便で、右通知、警告に対し、通知の趣旨を十分尊重する旨及び扶桑薬品工業が使用するアルファカルシドール原末の入手先を被告旭化成である旨回答しながら、やはり同年七月ころより、アルファカルシドール製剤「エルシボン」の製造販売を開始した。
以上の事実によれば、被告旭化成はもとより、被告旭化成のためにアルファカルシドールを含有するカプセル剤のカプセル化工程を行った被告東海カプセル及び被告旭化成よりアルファカルシドール原末の供給を受けてアルファカルシドール製剤の製造販売をした扶桑薬品工業が、右製造販売行為をすることにより原告帝人の独占的通常実施権を侵害することについて少なくとも過失があったことは優に認められるというべきである。
なお、被告らは、右の交渉の間、原告帝人からその法的地位を明らかにする資料を示されず、またそれが窺える資料も存しなかったのであるから、権利侵害についての過失はない旨主張するが、右認定事実のとおり、右交渉に際し、原告帝人が本件特許権の独占的通常実施権者である旨通知していたこと、被告ら及び扶桑薬品工業においても原告帝人が本件特許権について少なくとも何らかの権利者であることを前提として対応していたことが認められるのであるから、被告ら及び扶桑薬品工業が、原告帝人の独占的通常実施権侵害について過失がなかったものということはできない。
3 共同不法行為の成立について
(一) 被告らの関係について
被告東海カプセルが、被告旭化成の委託により、同社のアルファカルシドール製剤「トヨファロール」のカプセル化工程を行っていたことは当事者間に争いがなく、したがって右両社は、共同して「トヨファロール」を製造することにより本件特許権侵害行為をしたものというべきであるから、被告らは共同不法行為者として、「トヨファロール」の製造販売行為により、原告らが受けた損害を連帯して賠償する責任を負うべきである。
(二) 被告旭化成と扶桑薬品工業との関係について
原告らは、被告旭化成は、扶桑薬品工業がアルファカルシドール製剤「エルシボン」を製造販売して本件特許権を侵害する行為についても、同社の共同不法行為者としての責任を負うべきである旨主張するが、被告旭化成がしたのは扶桑薬品工業へのアルファカルシドール原末の販売行為に過ぎないのであるから、扶桑薬品工業がその原末を用いてする製造販売行為自体を共同してしたものとはいえず、両者の間に民法七一九条一項に基づく共同不法行為の成立の余地はないものといわなければならない。
しかしながら、被告旭化成がした扶桑薬品工業へのアルファカルシドール原末の販売行為は、扶桑薬品工業がその原末を用いてアルファカルシドール製剤を製造販売することを十分認識したうえで、その行為を容易ならしめる目的でなされたものであるというべきことは、その行為の性質上明らかであるから、前記2の(二)の(2)認定の事実に照らし、被告旭化成は、扶桑薬品工業のしたアルファカルシドール製剤の製造販売行為を少なくとも過失により幇助したものというべきである。
したがって被告旭化成は、民法七一九条二項に基づき扶桑薬品工業のした「エルシボン」の製造販売行為により、原告らが受けた損害を賠償する責任を負うべきである。
4 原告RIMACが受けた損害について
(一)(1) 原告RIMACは、本件特許権の特許権者であるから、特許法一〇二条二項の適用により、被告旭化成及び扶桑薬品工業がしたアルファカルシドール製剤の製造販売行為に対し通常受けるべ金銭の額に相当する額の金額を自己が受けた損害の額としてその賠償を請求をすることができるものというべきである。
そしてこの場合の通常の実施料率は、甲第三一号証及び乙第三六号証により原告RIMACが原告帝人に対してした実施権許諾の実施料率が三パーセントと認められることに照らし、右と同率である三パーセントと認定することが相当である。
(2) 被告らは、原告帝人が本件特許権の専用実施権の設定登録を了した後については、原告RIMACの関係において特許法一〇二条二項が適用されない旨主張する。
しかしながら、乙第三六号証によれば、原告帝人に対し設定された専用実施権は販売額に応じた額の実施料を特許権者に支払うことを主たる内容とするものと認められるから、専用実施権を設定したからといって特許権者である原告RIMACが専用実施権者以外の者の実施行為により損害を受けることが全くなくなったものとは解されないのであるし、本規定は「特許権者又は専用実施権者は」と規定しているに過ぎないのであるから、特許権者である原告RIMACのみがその適用を求めている本件において、原告RIMACについて同規定の適用を排すべき理由は存しないものというべきである。右被告らの主張は採用できない。
(3) 被告らは、また右の実施料率は、通常実施権許諾以上の内容を含んだ実施権についてのものであるから、本件にそのまま用いることは相当ではない旨主張する。
確かに、甲第三一号証及び乙第三六号証によれば、原告帝人に対する右実施料率は、専用実施権設定前については、ノウハウの提供やその他の関連特許を含め、また日本国外をも対象とした包括的な内容の特許実施許諾契約を前提として定められたものと認められ、また専用実施権設定後については専用実施権の実施料率として定められたものと認められるのであるから、通常の実施料率といい難い要素を含んでいることは否定できない。
しかし、甲第三〇、第三一、第三四号証及び証人赤尾の証言によると、右ライセンス契約において定めた実施料率は、原告帝人が、アルファカルシドール製剤についての先発メーカーとして製品開発、市場開拓を行うことを踏まえて設定されていたとの趣旨も窺えるのであるから、そのような事情も踏まえると、市場が開拓された後に参入してきた後発品メーカーである被告らとの関係において、原告帝人に対すると同様の実施料率三パーセントをもって通常の実施料率と認めることは妨げられないものと解される。
(4) ただ、甲第三一号証によれば、右ライセンス契約書においては、実施料が「正味販売額」の三パーセントとされていることが認められるが、本件においてその「正味販売額」の内容が明らかにされていないところ、乙第七八、第八二号証、証人内山智秀(以下「証人内山」という。)及び同赤尾の各証言によれば、医薬品業界において、「正味販売額」とは、実販売額より、卸問屋へ支払うバックマージン、割戻金、特売奨励金等のマージンの総計(以下「卸マージン」という。)及び物流費を控除した金額を指して用いられているものと認められるから、同契約書においていう「正味販売額」も同内容の額を指しているものと解するのが相当である(以下、右の用例に従って卸マージン及び物流費を控除しない販売額を「実販売額」といい、右を控除した販売額を「正味販売額」という。)。
(5) したがって本件において、原告RIMACが、被告旭化成及び扶桑薬品工業がしたアルファカルシドール製剤の製造販売に対し通常受けるべき金銭の額に相当する額とは、被告旭化成及び扶桑薬品工業の実販売額から卸マージン及び物流費を控除した正味販売額に通常の実施料率である三パーセントを乗じて得られた額をいうものと解するのが相当である。
(二) 本件期間中の「トヨファロール」の正味販売額
(1) 原告らは、被告旭化成が本件期間中に薬価基準で三九億四二〇〇万円相当の「トヨファロール」を販売したところ、実販売額はその五〇パーセントに当たる一九億七一〇〇万円を下らない旨主張する。
そして、甲第三〇、第三四号証、証人内山及び同赤尾の各証言並びに弁論の全趣旨によれば、薬価基準に基づいて医薬品販売量を推計する統計資料であるIMS販売統計データ(甲三〇添付資料)による「トヨファロール」の本件期間中の販売量はカプセル数にして三四二二万一〇〇〇個、薬価基準に基づく販売額にして合計約三九億四二〇〇万円(平成二年度約六億四一一〇万円、平成三年度約二二億三八二〇万円、平成四年八月末まで約一〇億六二七〇万円)であること、IMS販売統計データは全医薬品の販売量のうち卸問屋を経由するものについてはその約九六パーセントを把握していること、「トヨファロール」はその全量が卸問屋を通じて医療機関等へ納入されていることをそれぞれ認めることができ、右事実によれば、「トヨファロール」の販売に関する限りは、ほとんど全てがIMS販売統計データによって把握されているとして差し支えないものといい得るから、本件期間中の「トヨファロール」の薬価基準に基づく販売額はIMS販売統計データによってこれを認定することが可能であり、その合計額は約三九億四二〇〇万円であるものと認めることができる。
しかしながら、原告ら主張にかかる薬価基準の五〇パーセントという実販売額割合については、甲第三四号証及び証人赤尾の証言によれば、平成四年五月頃原告帝人の社員らが複数の取引先等から、被告旭化成の卸問屋に対する卸売価格が薬価基準の四二ないし五六パーセントの範囲内であるとの情報を得たことが認められ、このことからすると、右情報を得た当時の被告旭化成の「トヨファロール」の薬価基準に対する実販売額割合が概ね四二ないし五六パーセントの範囲内であったことを推認することができるものの、右各証拠によれば、原告帝人が右情報を得た直前である同年四月一日に薬価基準の改定が行われて、「トヨファロール」の保険薬価が七六ないし七八パーセントに引き下げられたことも認められるのであり、そうであるとすれば、右認定にかかる「トヨファロール」の実販売額割合が右薬価基準の改定の影響を受けたものであったことも考えられるのであるから、これをもって右改定前の期間にまで推し及ぼすことが相当であるとはいえない。
(2) 他方、被告らは、本件期間中の「トヨファロール」の実販売額が約一三億一一二二万八〇〇〇円であると主張する。
そして、乙第八二、第八三、第八八号証の各記載並びにこれについての証人内山の証言中には、製薬メーカーと卸問屋とが、受注残、出荷、病院等への納入実績等を相互に確認するデータ交換システムであるJD-NETによって確認された「トヨファロール」の本件期間中の病院等への販売額が一三億一一二二万八〇〇〇円である旨の右主張に符合する部分が存在する。
しかしながら、右各証拠によると、JD-NETによる本件期間中の「トヨファロール」の販売量はカプセル数にして三四二四万八〇〇〇個であると認められ、これは前記認定のIMS販売統計データによるそれとほぼ一致するものであるから、右実販売額であるとされる一三億一一二二万八〇〇〇円をIMS販売統計データによる薬価基準によった販売額三九億四二〇〇万円で除して得られる薬価基準に対する実販売額割合は、本件期間を平均して約三三・三パーセントに過ぎないことになるが、甲第三四号証及び弁論の全趣旨によれば、被告旭化成は、別件の仮処分事件の審理の際に、平成三年九月二日付け報告書(甲三四添付)を仮処分裁判所に提出して、「トヨファロール」の販売状況等につき、「薬価の三〇%~三五%という価格での販売の事実が一部にはありました。しかし、これは例外的であり、その取扱い高も少量であります。」と陳述したことが認められるのであって、この事実に照らすと、右実販売額割合、ひいては右実販売額そのものに直ちに信を措くことはできないものといわなければならない(なお、右報告書は、被告旭化成が、仮処分事件における債務者の立場から、仮処分の必要性を否定する趣旨で提出したものであることが窺われ、その内容を全面的に信頼できるものとすることはできないが、被告旭化成自身が裁判所に提出した書面である以上、右の本件期間中の平均実販売額割合との齟齬について合理的な説明がなされない限り、右の齟齬をたやすく看過することはできない。)。
右に加えて、右乙第八二号証及び第八八号証はJD-NETのデータそのものではなく、被告旭化成において右データに基づいて作成したとする二次的な資料であるところ、本件において、右データ自体の提出がないのみならず、そのデータがどのような形で存在するかについてさえ格別の立証がされていないことを併せ考えると、本件期間中の「トヨファロール」の病院等への販売額が一三億一一二二万八〇〇〇円であるとする前掲各証拠を直ちに措信することはできないものといわざるを得ず、そうすると、前記被告らの主張は、結局これを認めるに足りる証拠がないことに帰する。
(3) 右(1)、(2)に述べたことによれば、本件期間中の「トヨファロール」の実販売額については、平成四年四月一日の薬価基準改定後の実販売額割合が四二ないし五六パーセントであると認められること、また、被告旭化成が仮処分事件において提出した前記報告書において、薬価基準の三〇ないし三五パーセントという価格での販売が例外的であり、その取扱量も少量である旨陳述していることなどを斟酌しつつ、弁論の全趣旨によってこれを推認せざるを得ないものというべきところ、これによれば、本件期間中の実販売額はIMS販売統計データによる薬価基準での販売額三九億四二〇〇万円の四〇パーセントに相当する一五億七六八〇万円とするのが相当であると認められる。
(4) 次いで、卸マージンの額について検討するに、原告らは、右を多く見積もっても一億九七一〇万円を超えることはない旨主張する。
甲第四三号証の記載及びこれについての証人赤尾の証言中には、右主張に符合する部分が存在するが、同証言によれば、右の卸マージン額はあくまで原告帝人の実績等に基づいた推測の域を出ないものであることも併せ認められるのであるから、本件において右の額をそのまま右卸マージンの額と認めることは困難であるといわざるを得ない。
これに対し、被告らは、卸マージンの額は合計二億二四一二万一〇〇〇円であると主張している。
そして、乙第八二、第八三号証の各記載及びこれについての証人内山の証言中には、「トヨファロール」についての卸マージンの合計額が二億二四一二万一〇〇〇円であるとする右被告ら主張に符合する部分が存在するが、さらに右各証拠によれば、右卸マージンの額は、主として本件期間中の被告旭化成の全製品に対する卸マージンの総額を全販売額に対する「トヨファロール」の販売額により按分して得られた額であることが認められる。
しかしながら、被告らが主張の前提とする「トヨファロール」の実販売額一三億一一二二万八〇〇〇円に対する卸マージンの額の割合を右金額に基づいて求めると約一七パーセントとなるし、前記認定した実販売額一五億七六八〇万円によって卸マ「ジンの額の割合を求めても約一四・二パーセントとなり、いずれにせよ乙第七八号証に認められる医薬品業界の他社のマージン率及び平均マージン率に比較すると極めて高率であることが認められ、特に同号証によれば後記(三)の(2)のとおり被告旭化成と規模の変わらないものと認められる扶桑薬品工業の卸マージン率が一〇パーセント台に過ぎないと認められることからすると、被告旭化成において、そのような高率な卸マージン率によって実際にマージンが支払われていたものとはにわかに措信し難い。
また、その点を措いても、右の卸マージンの額は、右のとおり主として被告旭化成における全製品についての卸マージンの総額を、全販売額に対する「トヨファロール」の販売額により按分して得られたものと認められるが、特許法一〇二条一項にいう利益とは、特許権侵害行為をすることによって侵害者が得た純利益を指すものと解すべきであり、したがって右算出の基礎となる経費とは特許権侵害行為をすることに要した経費でなければならないというべきであるから、侵害行為となる販売行為とそれ以外の販売行為を区別することなく販売に要した経費を単純に按分して当該侵害行為の経費に配賦する方法は、会計原則上は妥当なものであるとしても、特許法一〇二条一項の適用の場面で利益を算出する際には相当ではないといわなければならない。このことは、被告らの計算方法によった場合、侵害品の利益が他の赤字製品の補填に用いられることによって侵害者が損害賠償を免れることを許容することになるという点からも明らかである。
したがって右についての前掲各証拠は直ちに信用することはできないものといわなければならず、本件においては、乙第七八号証に認められる他社の卸マージン率を参照し、弁論の全趣旨も勘案して、「トヨファロール」販売についての卸マージンの額を推認せざるを得ないが、これによれば、「トヨファロール」販売についての被告旭化成の実販売額に対する卸マージン率の割合は一三パーセントと認定するのが相当であり、これによれば、卸マージンの額は、前記認定実販売額一五億七六八〇万円に一三パーセントを乗じて得られる二億〇四九八万四〇〇〇円であると認められる。
(5) なお乙第七八号証及び証人内山の証言によれば、後発品の場合、問屋の協力を得る必要があるため、先発品に比べて卸マージンは高く設定される傾向にあるとの事実が窺えるが、他方で、甲第三四号証(添付報告書)及び証人内山の証言によれば、「トヨファロール」は、被告旭化成の従来からの主力商品である「エルシトニン」との関係において、需要者からの要望により品揃えのために製造販売が開始され、「エルシトニン」の得意先を中心に安定した販売をしていたものと認められるのであるから、仮に後発品の場合においては一般的に前者のような事実が存するものであるとしても、こと「トヨファロール」に関してはそのような後発品特有の事情があてはまらないものともいえ、したがって「トヨファロール」が後発品という事情によって、前記認定にかかる卸マージンの額は特段左右されないものと解される。
(6) 本件期間中の「トヨファロール」の販売に要した物流費は、乙第八二、第八三号証及び弁論の全趣旨により、七七〇万二〇〇〇円と認められる。
(7) 以上より、被告旭化成が、本件期間中に販売した「トヨファロール」の正味販売額は、前記認定の実販売額一五億七六八〇万円より右認定の卸マージンの額二億〇四九八万四〇〇〇円及び物流費七七〇万二〇〇〇円を控除した一三億六四一一万四〇〇〇円であると認められる。
(三) 「エルシボン」の正味販売額
(1) 甲第三〇号証によれば、「エルシボン」についても「トヨファロール」についてと同内容のIMS販売統計データ(甲三〇添付資料)が存在することが認められるところ、前記(二)の(1)でした「トヨファロール」についての認定と同じ理由により、同データに基づき、本件期間中の「エルシボン」の薬価基準による販売額を認定するのが相当であるところ、右によればその額は二一億〇八六〇万円と認められる。
(2) ところで甲第三四、第四二号証、証人赤尾及び同内山の各証言並びに弁論の全趣旨によれば、扶桑薬品工業と被告旭化成に吸収合併される以前の東洋醸造株式会社とが、会社規模としては類似していたこと、「トヨファロール」と「エルシボン」の保険薬価は当初から同一であり、平成四年四月一日の薬価基準改正においても同じように改正されていること、「エルシボン」についての実販売額割合が三八ないし三九パーセントであることを推認させる納品書が一部存在することなどの事実が認められ、これらの事実からすれば、他に特段の立証のない本件においては、「エルシボン」についての薬価基準に対する実販売額の割合は、「トヨファロール」とほぼ同じであったものと推認されるから、実販売額の割合を四〇パーセントとして、「エルシボン」の実販売額を認定するのが相当であるというべきである。
したがって、「エルシボン」の実販売額は、右認定の薬価基準での販売額二一億八六〇万円に四〇パーセントを乗じて得られる八億四三四四万円であると認められる。
(3) また、右の認定事実からすると、「エルシボン」についての実販売額に対する卸マージンの額の割合も、「トヨファロール」とほぼ同じであったものと推認されるから、実販売額に対する卸マージンの額の割合を一三パーセントとして、「エルシボン」の卸マージンの額を認定するのが相当であるというべきであり、これによれば卸マージンの額は、前記認定実販売額八億四三四四万円に一三パーセントを乗じて得られる一億〇九六四万七二〇〇円であると認められる。
(4) また右(2)に認定の事実からすれば、被告旭化成と扶桑薬品工業とにおいて、実販売額に対する物流費の割合は同じ程度であったと推認されるから、「エルシボン」の販売のために要した物流費は、「トヨファロール」についての前記認定の物流費七七〇万二〇〇〇円に、「エルシボン」の実販売額八億四三四四万を「トヨファロール」の実販売額一五億七六八〇万円で除した率を乗じることにより認定するのが相当であるというべきところ、右によれば「エルシボン」の販売のために要した物流費は四一一万九八四七円であると認められる。
算式 7,702,000×(843,440,000÷1,576,800,000)=4,119,847
(5) 以上より、扶桑薬品工業が本件期間中に販売した「エルシボン」の正味販売額は、前記認定の実販売額八億四三四四万円より、右認定の卸マージンの額一億〇九六四万七二〇〇円及び物流費四一一万九八四七円を控除した七億二九六七万二九五三円であると認められる。
(四) 結論
原告RIMACが、本件期間中、被告ら及び扶桑薬品工業のアルファカルシドール製剤の製造販売行為により受けた損害額は、右「トヨファロール」及び「エルシボン」の正味販売額に前記認定の実施料率三パーセントを乗じて得られるから、「トヨファロール」の製造販売により受けた損害額は「トヨファロール」の正味販売額一三億六四一一万四〇〇〇円に前記実施料率三パーセントを乗じて得られる四〇九二万三四二〇円であり、「エルシボン」の製造販売により受けた損害額は「エルシボン」の正味販売額七億二九六七万二九五三円に前記実施料率三パーセントを乗じて得られる二一八九万〇一八八円であると認められる。
5 原告帝人が受けた損害について
(一)(1) 原告帝人が、本件特許発明を実施してアルファカルシドール製剤「ワンアルファ」を製造販売していることは前記1の(三)のとおりであるから、被告旭化成及び扶桑薬品工業のアルファカルシドール製剤の製造販売により営業上の損害を受けたものと推認されるが、その損害の額は、本件期間中、専用実施権設定登録後については、特許法一〇二条一項の適用により、右期間中に被告旭化成及び扶桑薬品工業がそれぞれアルファカルシドール製剤を製造販売することにより受けた利益の額であると推定される。
(2) また原告帝人が、専用実施権設定登録を了する以前については、前記1の(二)のとおり、原告帝人は完全独占的通常実施権者として専用実施権者に類似した権利に基づいて本件特許発明を実施していたのであるから、同規定の類推適用により、右期間中に被告旭化成及び扶桑薬品工業がそれぞれアルファカルシドール製剤を製造販売することにより受けた利益の額が、原告帝人が受けた損害の額であると推定される。
(3) しかしながら、原告帝人は、前記のとおり、専用実施権設定登録前は通常実施権許諾契約に基づき、専用実施権設定登録後については専用実施権設定契約に基づき、正味販売額の三パーセントに相当する額を実施料として特許権者である原告RIMACに対して支払う義務を負っていたものと認められるのであるから、特許法一〇二条一項が権利者に現実に生じた実損害額を填補するとの趣旨を超えるものではない以上、右規定によって推定される損害の額は、原告帝人が右推定損害額相当額の利益を受けた場合に特許権者である原告RIMACに支払わなければならないことになる実施料の額の限度で覆滅するものというべきである。
(4) したがって、本件において原告帝人が、特許法一〇二条一項の適用又は類推適用により請求できる損害額は、被告旭化成及び扶桑薬品工業が受けた利益の額から、原告RIMACに支払うべき実施料を控除した額であることになる。
(二) 「トヨファロール」の製造販売により被告旭化成が受けた利益について
(1) 正味販売額について
本件期間中の「トヨファロール」の正味販売額は、前記4の(二)の(7)のとおり、一三億六四一一万四〇〇〇円である。
(2) 製造原価について
ア 原末代について
a 本件期間中の「トヨファロール」の製造販売に要した原末代は、原末の単価に「トヨファロール」の製造に使用した原末量を乗ずることにより算出することができるものと考えられるところ、乙第八二、第八三号証及び証人内山の証言並びに弁論の全趣旨によれば、被告旭化成は、平成二年三月から平成三年一一月の間にデュファー社から計三七グラムのアルファカルシドール原末を計四億四二〇六万七五一〇円で輸入したこと及び右原末を本件期間中の「トヨファロール」の製造に供し、あるいは扶桑薬品工業に販売したことが認められるから、本件期間中の「トヨファロール」の製造販売に要した原末の一グラム当たりの平均単価は、四億四二〇六万七五一〇円を三七グラムで除した一一九四万七七七一円であるものと認められる。
b そこで、本件期間中の「トヨファロレル」の製造に使用した原末の量につき検討する。
甲第三〇、第三四号証によれば、IMS販売統計データによる本件期間中の「トヨファロール」の販売量に基づいて算出したその使用原末量は、一八・一四三グラムであることが認められる。
他方、乙第八八号証には、本件期間中に製造した「トヨファロール」の製品に含有される原末量を一八・一グラムであるとしながら、そのほかに、工程ロスのために二・〇グラム、臨床見本のために一・七グラム、製剤見本のために〇・一グラム、製造過程における不合格ロットのために〇・三グラムを費消したとし、その合計二二・二グラムが本件期間中に製造した「トヨファロール」のための使用原末量であるとする旨の記載がある(なお、右数量に基づいて算出した合計使用量は、製品含有量にその約二二・六五パーセントが加算されたものとなる。)。
しかしながら、右の記載にかかる工程ロス等のために費消されたとする原末の量を裏付ける的確な証拠はないのみならず、証人内山の証言等も併せ考えると、乙第八八号証の右記載は、製品含有量についてはことさらにIMS販売統計データに基づく算出量に符合させた上で、その余の数量については原告らの主張、立証に対応して数字の帳尻合せをしたものと疑われる節があり、その記載にかかる費消されたとする量を直ちに信用することはできないものといわざるを得ない。もっとも、後記のとおり、被告旭化成の輸入した前記アルファカルシドール原末量三七グラ・ムと「トヨファロール」及び「エルシボン」に使用されたと認められる原末量との間にはなお差異が認められること等を併せ考えると、被告旭化成の「トヨファロール」製造の過程においては、その工程で生じたロスのため、あるいは見本等のため相当量の原末が費消されたこと自体は推認するに難くなく、そうであるとすれば、右に認定した事実に、甲第四三、第四五号証、証人赤尾の証言及び弁論の全趣旨を考え併せた上で、前記IMS販売統計データに基づいて算出した使用原末量一八・一四三グラムに、工程におけるロスや見本等のための費消分としてその一五パーセントを加算した計二〇・八六四四五グラムをもって、本件期間中の「トヨファロール」製造のための使用原末量と認定することが相当であるものと認める。
c そうすると、本件期間中の「トヨファロール」の製造販売に要した原末代は、一グラム当たり単価一一九四万七七七一円に二〇・八六四四五グラムを乗じて得た二億四九二八万三六七〇円であると認められる。
d ところで、右bのとおり、IMS販売統計データによる本件期間中の「トヨファロール」の販売量に基づいて算出した使用原末量は一八・一四三グラムであり、また、甲第三〇、第三四号証によれば、IMS販売統計データによる本件期間中の「エルシボン」の販売量に基づいて算出したその使用原末量は、九・八八六グラムであることが認められるところ、被告旭化成の輸入した前記アルファカルシドール原末量三七グラムの全量が本件期間中の「トヨファロール」と「エルシボン」の製造のために使用されたものと仮定して、これを右IMS販売統計データに基づいて算出した「トヨファロール」と「エルシボン」の使用原末量の割合によって按分すると、「トヨファロール」製造のためには約二三・九五グラムの原末が使用されたこととなり、この量は、IMS販売統計データに基づいて算出した使用量一八・一四三グラムと対比した場合はもちろん、右認定にかかる工程におけるロスや見本等のための費消分を加算した使用量二〇・八六四四五グラムと対比しても、有意な差異が存するものといわなければならない(なお、その一部はIMS販売統計データの捕捉漏れによるもの、また、他の一部は本件期間後の製造にかかる使用量と考えることができるが、IMS販売統計データの捕捉率が高いことは前記のとおりであるし、また、乙第五〇ないし第五二号証により、平成四年五月二〇日にデュファー社から被告旭化成に宛てて一一グラムのアルファカルシドール原末が発送されたことが認められることに照して、これらの理由によって右の差異を全部説明し得るものとは考え難い。)。しかし、この差異が生ずる原因がいずれにあるにせよ、右(1)の本件期間中の「トヨファロール」の正味販売額はIMS販売統計データによる薬価基準を基礎として算出したものであるから、その正味販売額を売り上げるために要した経費についても、工MS販売統計データにより算出される使用量を基礎として求めることが合理的であり、右bのとおり、IMS販売統計データに基づいて算出した使用量一八・一四三グラムに工程におけるロスや見本等のための費消分を合理的な範囲内で加算して求めた使用量二〇・八六四四五グラムをもって、被告旭化成の利益(したがって、原告帝人の損失)を計算するに当たって控除すべき原末代算出の基礎とすることの合理性が失われるわけではない。
イ その他の製造費用(カプセル加工費用及び包装費用)について
甲第四五号証及び証人赤尾の証言中には、原告帝人が過去においてアルファカルシドール製剤の製造に当たりそのカプセル化工程を外部に委託して行った時期におけるカプセル加工費用が一個当たり一.五円を超えることがなかった旨、また、包装費用が一個当たり〇・五円を超えることがなかった旨の記載及び供述部分が存在するが、右記載及び供述を裏付ける的確な証拠は存しないのみならず、甲第三〇号証によれば、IMS販売統計データ上、原告帝人によるアルファカルシドール製剤の製造販売の規模は被告旭化成のそれを相当に上回っていることが認められるのであって、そうであるとすれば、原告帝人の実績に基づくカプセル加工費用及び包装費用に準じて直ちに被告旭化成におけるカプセル加工費用及び包装費用を推認することが相当であるともいえない。
他方、被告らは、原末代、カプセル加工費用及び包装費用を含む本件期間中の「トヨファロール」の製造原価が四億一〇〇八万一〇〇〇円であると主張し、乙第八二、第八三、第八八号証によれば、そのうち原末代として二億六五二四万〇五一六円を計上していることが認められるから、カプセル加工費用及び包装費用に当たる部分は残余の約一億四四八四万円となるところ、これを前記4の(二)の(1)のIMS販売統計データによる「トヨファロール」の本件期間中の販売量(カプセル数)三四二二万一〇〇〇個で除すると、カプセル一個当たりのカプセル加工費用及び包装費用は約四・二三円ということになるが(なお、同(2)のJD-NETによる「トヨファロール」の本件期間中の販売量(カプセル数)三四二四万八〇〇〇個で除したとしても、カプセル一個当たりの加工費用及び包装費用はほぼ同額となる。)、本件期間中の「トヨファロール」製造に当たり現実に要した一個当たりのカプセル加工費用及び包装費用が右金額であることを裏付ける証拠は全くなく、右被告ら主張を採用することもできない。
そうすると、本件期間中の「トヨファロール」製造に要したカプセル加工費用及び包装費用については、右のとおり、原告帝人によるアルファカルシドール製剤の製造販売の規模が被告旭化成のそれを相当に上回っていることを考慮しつつ、原、被告ら双方の右主張、立証に弁論の全趣旨を併せ考えてこれを推認せざるを得ないものというべきところ、これによれば、その額は、カプセル一個当たりの単価を三円とし、これに右IMS販売統計データによる「トヨファロール」の本件期間中の販売量(カプセル数)三四二二万一〇〇〇個を乗じて得た一億〇二六六万三〇〇〇円とするのが相当であると認められる。
ウ したがって、本件期間中の「トヨファロール」の製造原価は右ア及びイの各金額の合計額である三億五一九四万六六七〇円と認められる。
(3) 販売経費について
原告らは、「トヨファロール」の販売に要した販売経費は三億一五三六万円であると主張し、甲第四三号証の記載及び証人赤尾の証言中には、右主張に符合する部分が存在するが、右証言によれば、右の販売経費額はあくまで原告帝人の実績等に基づいた推測の域を出ないものであることも併せ認められるのであるから、本件において右の額をそのまま右販売経費額と認めることは困難であるといわざるを得ない。
他方、被告らは、右の販売経費額を四億四一七七万八〇〇〇円であると主張するところ、乙第八二、第八三号証の各記載中には、右主張に符合する部分が存在するが、さらに右各証拠によれば、右金額は、被告旭化成の販売経費総額を「トヨファロール」の販売額割合で按分して得た金額であることが併せ認められる。
しかし、前述したとおり、特許法一〇二条一項にいう「利益」を認定するために控除すべき経費とは、その特定の侵害品を販売するために要した経費、すなわち当該侵害品を販売するために新たに必要とすることとなった経費をいうものと解すべきであるから、右のような単純な按分に基づく経費の配賦によってこれを算出することは、相当ではない。また前記4の(二)の(5)で認定したとおり「トヨファロール」の販売は従来品との関係において品揃えのために開始されたもので、従来の取引先を対象として販売されていたと認められるのであるから、被告旭化成の要した「トヨファロール」販売のための新たな販売経費の額は比較的少額にとどまったものとも推認され、この点においても、単純な按分による経費の配賦によって販売経費額を算出する方法は相当でないというべきである。したがって、いずれにせよ右についての前掲各証拠は採用できないものといわなければならない。
そうすると、本件においては、甲第三四、第四三号証、乙第八二、第八三号証及び弁論の全趣旨を総合することにより、右販売経費の額を推認することとせざるを得ず、これによれば、本件期間中の「トヨファロール」販売のために要した販売経費は、結局、前記4の(二)の(3)で認定した「トヨファロール」の実販売額一五億七六八〇万円に二五パーセントを乗じて得られる三億九四二〇万円とするのが相当であると認められる。
(4) 一般管理費について
乙第八二、第八三号証及び弁論の全趣旨によれば、本件期間中の「トヨファロール」の販売に要した一般管理費は、五二七三万二〇〇〇円と認めるのが相当である。
(5) 研究開発費について
被告らは、「トヨファロール」の製造開発に一億六四〇〇万円を要したとして、右費用を本件期間中の製造販売に要した経費として控除すべきであると主張する。
そして乙第八二、第八三、第八八号証の各記載及びにこれについての証人内山の証言中には、「トヨファロール」の製造開発に一億六四〇〇万円を要したとの右主張に符合する部分が存在する。
しかしながら、右各証拠に加え、甲第四五号証、乙第八八号証及び証人赤尾の証言によれば、右費用は厚生大臣による「トヨファロール」の製造承認を受けるために要した経費であること、また、製造承認を受けた地位自体は、右のために要した費用と同程度の資産価値を有する財産として観念され、かつ、譲渡の対象ともされていることが認められるのであり、これらの事実に照すと、被告旭化成が、「トヨファロール」の製造に関し、製造承認を受けるための研究開発費用として右主張金額を現実に支出したものであるとしても、当該費用をもって本件期間中の「トヨファロール」の製造販売行為に要した経費とすることは相当ではないといわなければならない。
(6) まとめ
本件期間中に被告旭化成が「トヨファロール」を製造販売することにより受けた利益は、右(1)の正味販売額一三億六四一一万四〇〇〇円から、右(2)の製造原価、右(3)の販売経費及び右(4)の一般管理費(その合計額七億九八八七万八六七〇円)を控除することにより得られる五億六五二三万五三三〇円であると認められる。
(三) 「エルシボン」の製造販売により扶桑薬品工業が受けた利益について
前記4の(三)の(2)に認定した事実からすると、特段の立証がない本件においては、扶桑薬品工業が本件期間中にアルファカルシドール製剤「エルシボン」を製造販売することによって受けた利益の正味販売額に占める割合は、前記認定した被告旭化成による「トヨファロール」販売による利益率と同様であったもの推認するのが相当である。
したがって、扶桑薬品工業が、本件期間中にアルファカルシドール製剤「エルシボン」を製造販売することにより受けた利益は、前記4の(三)の(5)の正味販売額七億二九六七万二九五三円に、右(二)の(6)「トヨファロール」の製造販売によって被告旭化成が受けた利益五億六五二三万五三三〇円を「トヨファロール」の正味販売額一三億六四一一万四〇〇〇円で除して得られる利益率を乗じることにより得られるものと解され、右金額は三億〇二三四万七八四八円であると認められる。
算式 729,672,953×(565,235,330÷1,364,114,000)=302,347,848
(四) ところで、前記(一)で検討したとおり、本件において原告帝人が、特許法一〇二条一項の適用又は類推適用により請求できる損害額は、被告旭化成及び扶桑薬品工業が受けた利益の額から、原告RIMACに支払うべき実施料を控除した額であるというべきであるところ、本件の場合原告帝人が、原告RIMACに支払うべき実施料相当額は、被告旭化成及び扶桑薬品工業がした製造販売行為についての前記認定の正味販売額に実施料率三パーセントを乗じて得られる額であるから、右は前記4の(四)で認定した原告RIMACに認められる損害額と一致し、結局、本件において原告帝人について認められる特許法一〇二条一項の適用ないし類推適用による損害額の推定は、「トヨファロール」の製造販売によって受けた損害の額については四〇九二万万三四二〇円、「エルシボン」の製造販売によって受けた損害の額ついては二一八九万〇一八八円の限度で覆滅することになるというべきである。
(五) 結論
以上によれば、原告帝人が、本件期間中、被告旭化成が「トヨファロール」を製造販売することにより受けた損害額は、同行為により被告旭化成が受けた利益五億六五二三万五三三〇円より原告RIMACへ支払うべき実施料四〇九二万万三四二〇円を控除した五億二四三一万一九一〇円であると認められ、原告帝人は、被告らを共同不法行為者として、両社に対して連帯して、その賠償を請求することができるものと認められる。
また、原告帝人が、本件期間中、扶桑薬品工業が「エルシボン」を製造販売することにより受けた損害額は、同行為により扶桑薬品工業が受けた利益三億〇二三四万七八四八円より原告RIMACへ支払うべき実施料二一八九万一八八円を控除した二億八〇四五万七六六〇円であると認められ、原告帝人は扶桑薬品工業の幇助者である被告旭化成を共同不法行為者として、その賠償を請求することができるものと認められる。
したがって、認定されるいずれの損害額も原告帝人の本訴における請求額を上回っていることが認められる。
五 総括
以上より、原告帝人の被告らに対する本訴請求はいずれも理由があるからこれを認容し、原告RIMACの被告らに対する請求は被告ら対し連帯して四〇九二万三四二〇円を、被告旭化成に対し二一八九万〇一一八円を請求する限度で理由があるから右の限度で認容し、その余の請求はいずれも理由がないからこれを棄却する。
(裁判長裁判官 荒川昂 裁判官 石原直樹 裁判官 森崎英二)
(別紙)
被告物件目録
9、10-セココレスタ-5、7、10(19)-トリエン-1α、3β-ジオール(1α-ヒドロキシビタミンD3・一般名称アルファカルシドール)
〈省略〉
(別紙)
イ号方法目録
(S)-ヒドロキシ・プレビタミンD3トリアゾリンジオン誘導体(左記Ⅰ式の化合物)のメタノール溶液に、一五規定の苛性カリ水溶液を加え、右反応液を空気の存在下で、およそ二四時間、反応液の還流温度に加熱することにより1α-ヒドロキシビタミンD3(左記Ⅱ式の化合物)を得る右目的物質の製造方法
〈省略〉
〈19〉日本国特許庁(JP) 〈11〉特許出願公告
〈12〉特許公報(B2) 昭57-45740
〈51〉Int.Cl.3C 07 C 172/00 //A 61 K 31/59 識別記号 ADF 庁内整理番号 6561-4H 6675-4C 〈24〉〈41〉公告 昭和57年(1982)9月29日
発明の数 1
〈54〉1α-ヒドロキシビタミンD化合物の製造方法
〈21〉特願 昭49-5853
〈22〉出願 昭49(1974)1月9日
〈65〉公開 昭49-95956
〈43〉昭49(1974)9月11日
領先権主張 〈32〉1973年1月10日〈33〉米国(US)
〈31〉322462
〈32〉1973年5月21日〈33〉米国(US)
〈31〉362339
〈72〉発明者 デイレツク・ハロルド・リチヤート・バートン
イギリス国ンドン・ニス・ダブリユー7オンズロウスクウエア47番
〈72〉発明者 ロバート・ヘンリー・ヘツセ
アメリカ合衆国マサチユーセツツ州ケンブリツジ・アマーストスト・リート49番
〈72〉発明者 ニチオ・リツアルド
オーストラリア国オーストラリア・キヤピタル・テリトリー2605ギヤラン・ホープグツドプレイス14番
〈71〉出願人 リサーチ・インステイチユート・フオア・メデイスン・アンド・ケミストリー・インコーポレイテツド
アメリカ合衆国マサチユーセツツ州(02142)ケンプリツジ・アマーストストリート49番
〈74〉代理人 弁理士 山下白
〈36〉引用文献
特開昭48-62750(JP,A)
〈37〉特許請求の範囲
1式
〈省略〉
〔式中R5は基
〈省略〉
(式中R6およびR7はそれぞれ水素原子を表わすかまたは一緒になつて炭素-炭素二重結合を形成しておりそしてR9は水素原子またはメチル基を表わす)を表わす〕
の1α-ヒドロキシ-25-水素-ブレビタミンDまたはそのアシレートの熱的異性化により式
〈省略〉
(式中5は前記の意味を表わす)
のビタミンD化合物またはそのアシレートを生成させることを特徴とする、1α-セドロキシ-25-水素-ビタミンDまたはそのアシレートの製造方法。
発明の詳細な説明
本発明は新規な1α-ヒドロキシ-25-水素-ビタミンDまたはそのアシレートの製造方法に関する。
25-ヒドロキシ基をも有している1α-ヒドロキシビタミンD誘導体は、治療においてそれらをかなり有用ならしめる有利な生化学的性質を有していることが知られている。すなわちそれらは相当する1α-未置換化合物よりもより速効性であり且つ系からより迅速に除去され、そしてその結果徐々にしか系から除去されない通常のビタミンD化合物よりもビタミン性を誘発する可能性がより小となる。更に、このヒドロキシル化された誘導体は、通常のビタミン処置に応答しない一見ビタミンD欠乏症の症状を緩和するのにも往々にして有効である。
そのような1α-ヒドロキシビタミンD誘導体は、相当する1α-未置換誘導体合成に使用されているのと同様の技術によつて、特にコレスタン系の1α・3β-ジヒドロキシステロイド-5・7-ジエンの紫外線照射を使用する光化学的分解によつて製造することができる。
1α・3β-ジヒドロキシステロイド-5・7-ジエン出発物質に対する有用な前躯物質は、相当するステロイド-5-エンである。その理由はこれらが容易に、例えば7-位を臭素化しそれに続いて脱臭化水素化することによつて5・7-ジエンに変換することができるからである。しかしそのような1α・3β-ジヒドロキシステロイド-5-エンの合成は、多くの問題を提起する。何故なら一般にΔ1・2-3-ケトステロイドへのミカエル型付加によつて1α-ヒドロキシル基を導入することが必要だからである。すなわち、その後における所望の5・6-二重結合の形成は、カルボニル基に対しβ位にある1α-ヒドロキシル基の除去傾向によつて困難なものとなり、一方既知の技術を使用して高い立体特異性で3-ケト基を3β-ヒドロキシ基に遷元することもまた困難である。
1α-ヒドロキシコレステロールへの合成経路は、ベルク等により記載されている(J.Chem.Soc.,1970(C)1624参照)。これは6β-ヒドロキシ-5α-コレスト-1-エン-3-オンのエボキシ化、その生成物のナトリクムボロハイドライド使用による1・2-エボキシ-3β-ヒドロギシ誘導体への遷元、6β-ヒドロキシル基の除去による相当するΔ5・6-ステロイドの生成およびリチウムアルミニクムハイドライドでの遷元による1α・3β-ジオールの生成を包含する。しかしこの方法により得られた生成物は、期待された物理的性質を示さない。すなわち光学的旋光度は〔α〕D=0±1°(メタノール中)である。一方Δ5・6-ステロールは通常典型的には約-30°のかなり実質的なマイナスの比旋光度によつて特性づけられている。またC76.2%、H11.1%の元素分析実測値もC27H46O2、1/2H2Oに対する計算値(C78.8%、H11.5%)に一致しない。従つてこの生成物の構造は明らかにわしいものとみなさなくてはならない。この誤りの一つの可能な原因は、3-ケト基のボロハイドライド遷元であり、これは所望の3β-オールの他に有意量の3α-オールを生成する可能性がある。
1α・25-ジヒドロキシユレカルシフエロールに対するステロイド前駆物質への若干類似の合成経路が、デ・ルーカ等により記載されている〔テトラヘドロン・レターズ40、4147(1972)参照〕。これら研究者は、適当なステロイド-1-エン-3-オン-6-(エチレンケタール)をエボギシ化し、そして次いでこの生成物をリチウムアルミニウムハイドライドで遷元して混合物を生成させそしてこれから1α・3α-ジオールのみを分離することができた。従つて3-オンへの酸化およびナトリウムボロハイドライドによる遷元を含む更に追加の数工程段階が1α・3α-ジオールを生成するために必要であり、その後で6-ケタール基を除去し、6-ヒドロキシル化合物を遷元しそして脱水してΔ5・6-ステロイドを生成させることができるのであつて、このことは全体的経路をいくらか厄介なものとしている。
従つて、特に3位における生成物の立体化学の容易な制御を可能ならしめる1α・3β-ジヒドロキシステロイド-5-エンを製造するためのより簡単な方法に対する必要性が存在しており、本発明ではそのような方法を提供することができる。そして、この方法によつて、本発明が目的とする、すぐれた生化学的性質を有する新規な1α-ヒドロキシー25-水素-ビタミンD誘導体を製造することができる。
本発明者等は、1α-ヒドロキシーおよび1α・2α-ニボキシーステロイドー4・6-ジエンー3-オンおよび6-置換基が還元的に除去可能な原子または基である相当する6-置換ステロイドー4-エンー3-オンが、ブロトン源の存在下でのアルカリ金属/液体アンモニアまたはアルカリ金属/液体アミン還元剤との反応によつて、直接相当する1α・3β-ジヒドロキシステロイドー5-エンに還元できるということを見出した。これらの条件下では、高度に酸化された出発物質が一連の還元をうけて、実質的には二重結合の異性化または3位カルポニル基のβ-位にある置換基の除去を伴なうことなしに、所望の生成物となる。
この1α・3β-ジヒドロキシステロイドー5-エンは本発明が目的とする1α-ヒドロキシル化ビタミンD誘導体の前駆物質となる。
本明細書中に使用した場合の「コレスタン系」なる表現は、コレスタンに特性的なC5鎖を17位に有しているステロイド、たらびにこの鎖が未置換であるかまたは1個またはそれ以上のヒドロキシまたはメチル基を有している類縁体を包含するものであるが、これらはビタミンD中に見出される17-開鎖である。コレスタン系のそのような1α-ヒドロキシステロイドの製造のための通当なケトン出発物質は、式
(Ⅰ)
〈省略〉
〔式中R1はヒドロキシル基を表わしそしてR2は水素原子を表わすか、またはR1とR2は一縮になつてニボキサイド基〈省略〉を形成しており、R3は還元的に除去可能な原子または基を表わしそしてR4が水素原子を表わすか、またはR3とR4が一緒に炭素-炭素二重結合を形成しており、そしてR3が基
〈省略〉
(式中R6およびR7はそれぞれ永素原子またはヒドロキシル基を表わすかまたは一緒になつて炭素-炭素二重結合またはニボキシ基を形成しておりそしてR9は水素原子またはメチルまたはニチル基を表わす)を表わしている〕により表わすことができる。
本発明の上記の新規な方法により式Ⅰの化合物を還元すると、式
(Ⅱ)
〈省略〉
(式中R5は式Ⅰに対して定義したとおりである)により表わすことのできる1α・3β-ジオールが生成する。
・1α・3β-ジヒドロキシー25-水素-コレストー5-エンおよびそのヒドロキシル保護誘導体は新規の化合物である。
例えば式ⅠのR3基のように出発物質の6位に存在していてるよい還元的に除去可能な置換基は例えばハロゲン原子例えば弗素、塩素または具素原子および炭化水素スルホネート基例えば芳香族炭化水素スルホネート基例えばp-トシレートまたは脂肪族炭化水素スルホネート基例えばメシレート基があげられる。
還元剤中に使用できるアルカリ金属としては、リチウム、カルシウム、ナトリウムおよびカリウムがあげられるが、リチウムが好ましい金属である。使用しうる液体アミンとしては、例えば第1級、第2級および第3級アルキルアミン、例えば第1級低級アルキルアミン例えばメチルアミンまたはニテルアミン、ジ(低級アルキル)アミン例えばジメチルアミンまたはジエチルアミン、およびトリ(低級アルキル)アミン例えばトリニチルアミン、ジアミン例えば低級アルケンジアミン例えばエチレンジアミンまたはブロビレンジアミン、および飽和酸素アミン例えばビベリジンまたはビベラジンがあげられる。特に好ましい還元剤は、リチウムおよび液体アンモニアである。反応中に使用できるプロトン源としては、アンモニウムおよびアミン塩例えば鉱酸から導かれた塩例えばハロゲン化物例えば弗化物または塩化物、硝酸塩または硫酸塩があげられる。アルコール例えば低級アルカノール例えばメタノールまたはエタノールはプロトン源として働くことができる。
この還元は、便利には溶媒好ましくは不活性有機溶媒例えば環状エーテル例えばテトラヒドロフランまたはジオキサンまたは炭化水素溶媒例えばヘキサン中で行なわれる。この反応系からは湿気および/または酸素を除去することが有利でありうる。溶媒が使用される場合には、この還元は便利にはその溶媒系の氷点と100℃との間の温度で、有利には冷時行なわれる。
これら反応成分を一緒にするためには種々の添加方式を使用することができる。すなわち例えばステロイドの溶液を液体アンモニアまたは液体アミン中のアルカリ金属の溶液に、1回またはそれ以上の区分量で加え、次いで1回またはそれ以上の区分量でプロトン源を加えることができる。あるいはまた還元されたステロイドの改善された収罕および/またはより容易な単離は、プロトン源例えば固体塩化アンモニウムを最初にステロイド出発物質の溶液に加えそして次いでアルカリ金属/液体アンモニアまたは液体アミン還元剤を少量ずつ加える場合に還成することができる。
ステロイド出発物質中の1α-ヒドロキシ基を例えば分裂可能な保護基で保護しておくことが一般に好ましい。その理由は、遊離の1α-ヒドロキシル基を有するステロイドの還元は、内部プロトン転移の結果としてd6・7-ステロイドを形成する結果となるからである。適当な保護基としてはシリル基例えばトリ(低級アルキル)シリル基例えばトリメチルシリルがあげられる。かかる保護基は、例えば1α-ヒドロキシステロイドを適当なヘキサ(低級アルキル)ジシラザンと反応させることによつて導入することができる。
本発明の方法によつて得られる1α・3β-ジヒドロキシステロイドー5-エンは、例えば慣用の技術例えばN-プロモアミド、イミドまたはヒダントイン例えばN-ブロモコハク酸イミド、N-ブロモフタルイミドまたはジブロモジメチルヒダントインを臭素化剤として使用して7位を臭素化し、次いで例えばアミド例えばジメチルアセトアミドをアルカリ土類金属炭酸塩の存在下に使用して脱臭化水素化を行なうことによつて、相当する1α・3β-ジヒドロキシステロイドー5・7-ジエンに変換することができる。あるいはまた、この脱臭化水素化は、トリメチルホスフアイトまたは塩基例えばコリジン、ビリジンまたはジアザビシクロオクタンで処理することによつても誘発させることができる。
7・8-二重結合はまたドービン等の方法を使つて、例えば1α・3β-ジヒドロキシステロイドー5-エンを三酸化クロム酸化剤有利には三酸化クロム/ビリジンコンプレツクスを使用して酸化して相当するステロイドー5-エンー7-オンとし、そしてこのケトンをスルホニルヒドラジン好ましくは芳香族スルホニルヒドラジン例えばp-トシルヒドラジンと反応させて相当する7-スルホニルヒドラジンを生成させ、次いでこれを例えばアルカリ金属アルコキサイド例えばナトリウム第3級ブトキナイドおよびアルカリ金属ハライド例えばナトリウムハイドライドを使用してウオルフ・キシユナー還元条件に付して所望の5・7-ジエンを生成させることによつても導入することができる。
7・8-二重結合導入に必要な一連の反応の間に、望ましくない副反応が起ることを避けるためには、例えばジベンゾエートにエステル化にすることによつてこの1α-および3β-ヒドロキシ基を保護することが有利かもしれない。
前記技術のいずれかによ式Ⅱの化合物の処理から得られるこのステロイド5・7-ジエンは式
(Ⅲ)
〈省略〉
(式中R5は式Ⅰに対して定義したとおりである)により表わすことができる。
1α・3β-ジヒドロキシ-25-水素コレスト-5・7-ジニンおよびそのヒドロキシル保護誘導体は新規の化合物である。
好ましくは例えば275~300nmの波長の近紫外光線で式Ⅲのそのような化合物を照射することは、第一に式
(Ⅳ)
〈省略〉
(式中R5は式Ⅰに対して定義したとおりである)により表わすことのできる1α-ヒドロキシル化プレビタミンの生成を促進する。式Ⅳの化合物を更に照射するかまたは穏和な条件例えば少量の沃素を使つて比較的低温で沃素で処理すると、相当する式
(Ⅴ)
〈省略〉
(式中R5は式Ⅰに対して定義したとおりである)の1α-ヒドロキシタキステロール誘導体への変換を促進する。これは、所望によつて例えばリチウム/液体アンモニアまたはナトリウム/液体アンモニアで還元してそのビタミンD型活性の故に有力な治療価値のある新規の1α-ヒドロキシ-9・10-ジヒドロタキステロール誘導体を生成させることができる。この1α-ヒドロキシ-9・10-ジヒドロタキステロール自体新規の化合物であり、本発明の一つの態様を構成する。
この式Ⅳの化合物はまた式
(Ⅵ)
〈省略〉
(式中R5は式Ⅰに対して定義したとおりである)のビタミン誘導体と熱的平衡を保持しており、そしてこれは例えばアルコールまたに炭化水素溶媒中で熱的に異性化することによつて本発明が目的とするビタミン誘導体に変換することができる。このビタミンは式Ⅵに示されるようにシス型を有している。この変換の間の望ましくない酸化剤生物の形成は例えば1・3-ジアセトキシ誘導体に変換させることによつて、その1α-および3αーヒドロキシ基をエステル化することによつて、最小化することができる。このビタミン(Ⅵ)は、所望によつて、相当する5・6-トランスビタミン誘導体に変換することができる。5・6-二重結合についての異性化は例えば穏和な条件下に沃素で処理するこどによつて容易に促進される。
すなわち、前記第1工程において製造された1α・3β-ジヒドロキシステロイド-5-エンが生物学的に有用な広範囲の物質の合成に価値ある中間体であることは明白である。
本発明の還元過程のための出発物質は、いずれかの便利な方法によって、例えば適当な3-ヒドロキシステロイド-5-エンを例えばキノール/キノン酸化剤例えばジクロロジシアノキノンを使つて酸化し、次いで過酸化物例えば塩基例えば水酸化ナトリウムと共に過酸化水素を使つて、便利には水性アルコール媒体中で処理することにより1α・2α-エボキサイドを生成させることによつて製造することができる。これは所望により例えば亜沿と酸例えば酢酸とを使つて還元することによつて、相当する1α-ヒドロキシ化合物に変換することができる。
本発明によれば新規の化合物である1α-ヒドロキシ-25-水素-ビタミンD誘導体特に1α-ヒドロキシビタミンD2および1α-ヒドロキシビタミンD3が得られる。「これらの1α-ヒドロキシビタミンD2(R6とR7とが二重結合を形成し、R9がメチル基をあらわす)およびD3(R6、R7およびR9は水素をあらわす)は近似の構造および作用を有し、均等の方法により製造されうる。」本発明は、ビタミン(シス型)および相当するトランス化合物を包含している。これらのビタミンは、ビタミンD2およびビタミンD3よりもビタミン活性の点でよりすぐれているだけでなく、更に既知の1α・25-ジヒドロキシビタミンD化合物よりもそのビタミン活性においてすぐれている。すなわち、例えば1α-ヒドロキシ-25-水素化合物は骨代謝に関してははるかに一層活性な効果を示す。ビタミンD3系列における試験は、1α-ヒドロキシ-25-水素ビタミンD3が未置換ビタミンD3よりも10~50倍活性であり、他方1α・25-ジヒドロキシビタミンD3は未置換ビタミンよりもわずか2~5倍だけ活性であるということを示している。これらの結果は、25-ヒドロキシ基が代謝に包含されており、そしてそれ故活性促進性のものであるべきであるという以前の提案からみて、特に予期せざるものである。これらの新規の1α-ヒドロキシ-25-水素ビタミンD化合物はまた迅速作用性であり、そしてその生物学的活性は速やかに終結され、その結果これまで遭遇されてきたビタミン毒性の問題は実質的にそれらの使用によつて回避されることになる。
1α-ヒドロキシ-25-水素ビタミンD化合物は、1α-ヒドロキシ-9・10-ジヒドロタキステロールと共に、なかんずく内カルシウム輸送骨カルシウム授動、骨化および骨形成を刺する能力のある生物学的に活性かつ重要な新規の物質詳を構成するものであり、そして1種またはそれ以上のこれら化合物の有効量を含有する薬用組成物およびそれらの投与をなう人および医学におげる処置方法は本発明の更に別の特質を構成するものである。
前記化合物は、例えはくる病および骨軟化症のような疾病の防止および処置において重要な予防的および治療的用途を有しており、そしてこれらはビタミンD応等性疾病例えば上皮小体能減退症、低ホスフエート血症、低カルシゥム血症および/または関連骨疾患、腎疾患または腎不全、および低カルシウム血症性テタニーの処置に価値あるものである。更に、在未の1α-水素ビタミンD化合物に比べて、1α-ヒドロシ-25-水素ビタミンD化合物および1α-ヒドロキシ-9・10-ジヒドロタキステロールがよりすぐれた活性を有していることは、肝、腎または胃腸管の機能不全により起るビタミンD抵抗性くる病、腎性骨異栄養症、脂肪便症、肝硬変およびその他の吸収機能不全、骨多孔症、二次的低カルシクム血症および/または骨疾患、およびデイランチン、バルビツレート(例えばフエニルバルビトン)および関連した通常の化合物例えばビタミンD3に対しては治療できないことが証明されている薬物処置に由来する、二次的低カルシウム血症または骨疾患の処置に対して、この1α-ヒドロキシ化合物を価値あるものとしている。
一般に、1α-ヒドロキシ-25-水素ビタミンD化合物および1α-ヒドロキシ-9・10-タキステロールは、注射可能な液体担体例えば菌したバイロゲンなしの水、菌した過酸化物なしのエチルオレアート、脱水アルコール、プロピレングリコールまたは脱水アルコール/プロピレングリコール混合物と共に組合せて.非経的に投与することができる。注射可能な組成物は、好ましくは薬量単位の形態例えばアンプルに調製され、各単位は有利にはビタミンD2およびD3化合物の場合には0.1~200μg好ましくは0.2~20μgの活性ビタミン成分を含有している。タキステロール化合物は、この範囲のより高い部分の薬量を必要とする。成人の処置に対する通常の薬量は、一般に1日当り0.1~200μgの範囲であり、この範囲内のより低い薬量例えば0.1~2μgは予防に使用され、そしてより高い方の薬量例えば5~50μgは治療的用途に使用される。
1α-ヒドロキシビタミンD化合物および1α-ヒドロキシ-9・10-ジヒドコタキステロールが酸化を受け易いことの故に一般にこれら物質を含有する薬用組成物は、少なくとも痕跡量の抗酸化剤例えばアスコルビン酸、ブチル化ヒドロキシアニンールまたはヒドロキノンを含有することが好ましい。
本発明者等は、くべきことに、1α-ヒドロキシビタミンD化合物および1α-ヒドロキシー9・10-ジヒドロタキステロールが経口投与において有意な活性を示すことをもまた発見した。1α-ヒドコキシビタミンD3はこの点に関して顕著である。これは、1α・25-ジヒドロキシビタミンD3に関するこれまでの開示からみれば、全く子期せざることである。これまでの開示は、このジヒドロキシビタミンの経口的投薬が非常に低い活性(例えば抗くる病活性測定により判定した場合)を有し、そしてジヒドロキシビタミンの非経簡投与が有効な治療結果を還成するためには必要であることを示している。他の点における化合物の生物学的活性の性質の類似性からみて、1α-ヒドコキシビタミンD化合物は相当するジヒドロキシビタミンと同様な一般的拳動を示すことが一般に期待される。
しかしながら、上皮小体切除/甲状腺切除ラツト(これらは80-100g重量の雄チヤールズ・リバー系ラツトであり、各試験群は6匹のラツトにより構成されていた)に対する血清カルシウムおよび水準に対する経口投与した1α-ヒドロキシビタミンD3と1α・25-ジヒドロキシビタミンD3(0.1μg/kg、胃内挿管法)の効果を示している次の表は、未処理対照に比しての血清カルシウム水準の上昇により示されるように、1α-ヒドコキシビタミンD3が経口投与ですぐれた活性を示すこと、一方、経口投与された1α・25-ジヒドロキシビタミンD3は比較的不活性であつて、対照に比べた場合血清カルシウム水準に有意の変化を与えないということを示している。この表はまた1α-ヒドロキシビタミンD3により誘発された代謝変化は比較的短期持続のものであり、この1α-ヒドロキシビタミンD3処理ラツト中の血清カルシウム水準はビタミン投与後24時間以内に対照ラツトのそれに非常に近づくということを示している。このことは、1α-ヒドロキシビタミンD3が系から速やかに除去され、従つて望ましくないビタミン毒性副作用を生成する可能性がないということを確証するものである。
表1
上皮小体切除/甲状線切除ラツトにおける、血清カルシウムおよび水準におよぼす経口投与された1α-ヒドロキシビタミンD3および1α-25-ジヒドロキシビタミンD3の影馨
投与ビタミン 血清カルシウム水準(ng/100ml) 血清水準(mg/100μl)
投与8時間後 投与24時間後 投与8時間後 投与24時間後
添加なし(対照) 4.4±43 4.8±46 12.0±44 14.1±1.9
1α-ヒドロキシビタミンD3 9.9±80 6.4±73 9.5±1.1 14.5±1.0
1α-25-ジヒドロキシビタミンD3 5.9±56 5.8±52 13.3±1.73 13.0±1.44
1α-ヒドロキシビタミンD3の経口的活性およびそれによる投与の容易さは、この化合物を広範な用途にわたつて非常に重要な治療的価値あるものとしており、そして既知の非経間的投与可能な1α・25-ジヒドロキシビタミンD誘導体に比してこの化合物の用途をかなり強化する。
この新規の1α-ヒドロキシ化合物は、例えば他のビタミンとの組合せにおいて食物補足物としてかまたは食物補足物の成分として使用することができる。そのような用法の一例はミルクの強化においてである。1クオートのミルク当り0.1~0.5μgの1α-ヒドロキシビタミンD3の誤入は例えばくる病、骨軟化症その他の疾病防止において予防的に価値あるものである。
同様に、この新規の1α-ヒドロキシ化合物は、広範な適用例えばいずれかの前記ビタミンD応等性の疾患またはそうではなくていずれかの1α-ヒドロキシビタミンD応答性ではあるが在来のビタミンDでは治療困難な疾患の処置特に例えば骨多孔症のような疾病の長期処置および予防的適用に対して経口投与可能な薬用組成物例えばビタミンおよび多重(マルチ)ビタミン製剤として提供することができる。
この前規の1α-ヒドロキシ化合物を含有する経口投与可能な組成物は、所望により、1種またはそれ以上の生理学的に許容しうる担体および/または試形剤を含有していてもよく、そしてまたこれは固体であることも液体であることもできる。この組成物は例えば錠剤、コーテイングした錠剤、カプセル、甘味入り錠剤、水性または油性懸濁液、溶液、乳剤、シロツプ、ニリキシルおよび使用前に水または他の適当な液体ベヒクルを使つて再構成するに適当な乾燥生成物を含めて任意の便利な形態をとることができる。この組成物は、好ましくは薬量単位の形態で製造されるが、各単位は有利には0.2~20μg好ましくは0.5~5μgの1α-ヒドロキシ化合物を含有している。成人の処置に対して使用される1α-ヒドロキシビタミンD3の薬量は、典型的には1日当り0.2~20μgの範囲である。1α-ヒドロキシ-ビタミンD2は同様の薬量で投与されるが、しかしα-ヒドロキシ-9・10-ジヒドロタキステロールは例えば200μg/1日までのより高い薬量で与えられる。新規の1α-ヒドロキシ化合物を含有する錠剤およびカプセルは、所望により慣用の成分例えば結合剤例えばシロツプ、アカシア、ゼラチン、ソルビトール、トラガカントまたはボリビニルビロリドン、充填剤例えば乳糖、砂糖、とうもろこし殿粉、燐酸カルシウム、ソルビトールまたはグリシン、滑沢剤例えばステアリン酸マグネシウム、タルク、ボリエチレングリコールまたはシリカ、崩壊剤例えば馬鈴署殿粉または許容しうる湿潤剤例えばラウリル硫酸ナトリウムを含有していてもよい。錠剤は当技術の周知の方法によつてコーティングすることができる。
液体状1α-ヒドロキシビタミンD3組成物は、慣用の添加剤例えば懸濁剤例えばソルビトールシロツプ、メチルセルロース、グルコース/砂糖シロツプ、ゼラチン、ヒドロキシメチルセルロース、カルボキシメチルセルロース、ステアリン酸アルミニウムゲルまたは水素添加された食用脂、乳化剤例えばレシチン、ソルビタンモノオレエートまたはアカシア、食用油を包含しうる非水性ベヒクル例えば植物油例えば落花生油、アーモンド油、分面ココナツツ油、魚肝油、油状エステル例えばボリソルベート80、ブロビレングリコールまたはエチルアルコール、および保存料例えばメチルまたはブロビルp-ヒドロキシベンゾエートまたはソルビン酸を含有しうる。液体組成物は、便利には例えば薬量単位形態の生成物を与えるためにゼラチン中に封入することができる。
本発明の組成物は、他の治療上有効な成分例えばカルシウム塩(例えば乳酸塩、乳酸のナトリウム塩、燐酸塩、グルコン酸塩または次亜燐酸塩)および/またはその他の必須の微量元素例えばマグネシウム、マンガン、鉄、銅、亜粉および沃素の塩類および/または他のビタミン例えばビタミンA、ビタミンB1、ビタミンB2、ニコチンアミド、パントテン酸またはその塩例えばカルシウム塩、ビタミンB6、ビタミンB12素酸、ビタミンCおよびビタミンEを含有していてもよい。この新規の1α-ヒドロキシ化合物を包含する多重ビタミン製剤は、同様の方法で、通常の1-水素ビタミンD化合物を使用したビタミン製剤に処方することができる。
この新規の1α-ヒドロキシ化合物の活性はまたこの化合物を直間投与に適当なものとしており、そしてこの目的に対する例えば有効素量の1α-ヒドロキシビタミンD3を慣用の坐剤ベース例えばカカオ脂またはその他のグリセライドとの混合物中に含有している薬用組成物は本発明の実施態様に入るものである。
前記のように、その保存寿命を増大するために、本発明の組成物中に抗酸化剤例えばアスコルビン酸、ブチル化ヒドロキシアニソールまたはヒドロキノンを混入することが有利であろう。
本発明は更に、1α-ヒドロキシー25-水素ビタミンD化合物特に1α-ヒドロキシビタミンD3を例えば餌料のkg当りビタミン0.2~12マイクログラム、好ましくは1~8マイクログラムの含量で含有する家禽用餌料組成物を実施態様とするものである。
新規な1α-ヒドロキシー25-水素ビタミンD化合物および1α-ヒドロキシー9・10-ジヒドロタキステロールの動物への適用には、家畜たとえば牛、特に分娩期またはそれに近い時期の牛における低カルシウム血症の予防を含む。1α-ヒドロキシビタミンD3はこの点について特に価値あろものである。何改ならばこの化合物の高活性および低毒性はたとえば低カルシウム血症の前置のない動物を含めて動物の弄に対して長期間にわたり低薬量において予防的に投与することを可能ならしめろからである。このことはこの分野における従来のビタミンD化合物の使用と対照的である。何故ならたとえばビタミンD3のような化合物を使用する際に要する高薬量からして従来はとりわけ経済的理由から該ビタミンを低カルシウム血症の前歴のある動物にのみ投与するのが通常であつたからである。
更に、1α-ヒドロキシ-25-水素ビメミンD化合物特に1α-ヒドロキシビタミンD3の有効薬量を産卵時の家畜に投与すると家畜により質設卵が生産される傾向を低減する効果があることが判つた。このような処置っまた本発明の別の実施様を構成するものである。
以下、参考例および実施例により本発明をさらに詳細に説明する。すべての温度は摂氏度である。
参考例 1
前駆物質1α・3β-ジヒドロキシコレスタ-5・7-ジエンの製造
(a) コレスタ-1・4・6-トリエン-3-オン
コレステロール(19.3g)およびジクロロジシブノキノン(38g)を乾燥ジオキサン(500ml)中で還流下に22時間加熱した。次いでこの混合物を冷却し、〓過しそしてその〓液を蒸発乾固させた。残査をアルミナ上でクロマトグラフイーを行ない、そしてベンゼン/ヘキサンで溶出し、次いでベンゼンで溶出すると、標記トリエノンが淡色油(11.5g)として得られた。これは放置すると固化した。この物質の物理的性質は適正なものであつた。
(b) 1α・2α-エポキシコレスタ-4・6-ジエン-3-オン
前記(a)で得られたトリエノン(1g)をエタノール(50ml)中で0°において10%水性水酸化ナトリウム(0.25nl)および30%水性H202(2.5ml)で処理した。この混合物を5°に一夜置き、次いで得られたエポキサイド、を〓別し、水性アルコールで洗いそして乾燥させると、標記化合物(0.86ng)が得られた。エタノールから再結晶すると無色計状晶m.p.107~109°が得られた。
(c) 1α・3β-ジヒドロキシコレスト-5-ニン
塩化アンモニウム(0.5g)を含有する液体アンモニア(80nl)および乾燥テトラヒドコフラン(50ml)中金属リチウム(0.2g)の攪拌溶液に、乾燥テトラヒドロフラン(25nl)中前記(b)で得られたエポキサイド(4.3g)の脱酸素化した溶液を滴下添加した。青色が消失した時、ステロイドの添加を止め、そして更にリチウム(0.2g)および塩化アンモウム(1g)を加え、次いで更にエポキサイド溶液を加えた。この一連の操作を、全部のステロイドが加えられてしまうまで繰返した。この点において、追加のリチウム片(0.2g、全部で0.8g)を加え、次いで更に塩化アンモニウム(全部で8g)を加えた。次いでほとんどのアンモニアを蒸発させ、そして残存する混合物を氷水中に注ぎ、そしてクロロホルムで抽出した。このクロロホルムを圧縮すると、褐色ゴム状物質が得られた。これを酸化ブルミニウム(160g)上でクロマトグラフイーにかけた。酢酸ニチル/ベンゼンで溶出すると1α・3β-ジオールがガラス様物質として得られた。エタノールを加えるとこれは遠やかに結晶化した。水性エタノールから再結晶すると標記化合物(1.7g)m.p.161.5~163°が得られた。実測値C80.40、H11.39%、計算値(C27H40O2)C80.54、H11.52%。
C’-(1) 1α-ヒドロキシコレスタ-4・6-ジエン-3-オン
前記(b)で得られたエポキシジエノン(130ng)をエタノール(10ml)中で攪拌しつつ亜沿末(1g)で処理し、次いで3滴の酢酸を加えた。次いでこの混合物を〓過し、そしてその〓液を濃縮乾固させた。シリカゲル上でクコマトグラフイーを行なうとコレクター1・4・6-トリエン-3-オン(これは回収して再循環させることができる)が、次いで標記化合物(100mg)が得られた。λmax3600、3400、1675、1625および1590cm-1。δ6.15(2プロトンs、H6、H7)、5.73(1プロトンシングレツト、H4)、δ4.15(1プロトン、細いマルチプレツド、H1)。
C’-(2) 1α・3β-ジヒドロキシコレスト-5-エン
前記C’-(1)で得られたヒドロキシジエノン(0.6g)を、テトラヒドロフラン(2ml)およびビリジン(2ml)中の溶液をヘキサメチルジシラザン(1.5ml)およびトリメチルクロロシラン(0.6nl)で処理することによつて、そのトリメチルシリルエーテルに変換した。この租製のトリメチルシリルエーテルをテトラヒドロフラン(10nl)中に溶解させそしてこの溶液を、リチウム金属(約200ng)の液体アンモニア(20ml)中の攪拌溶液に滴下添加した。数分間後に塩化アンモニウム(2g)を加え、そしてこの混合物を攪拌した。追加分のリチウム金属(約100ng)を加えた。再びこの溶液を攪拌した。追加の塩化アンモニウを次いで加え、そしてこの混合物を冷水に注いだ。この生成物をエーテルおよびメチレンジクロリドで抽出することにより単し、次いでカラムクロマトグラフイーを行なうと、標記化合物(0.4g)が得られた。エタノールから結晶化させると、そのm.p.は158~161°であつた。再結晶後、そのm.p.は、161.5~163°となつた。〔α〕D(CHCl3)-38°。この物質は上記(C)で得られた生成物と同一であり、そしてこれを水素化すると標準試料とあらゆる点で一致する1α・3β-ジヒドロキシ-5α-コレスタンの試料が得られた。
(d) 1α・3β-ジベンゾイルオキシコレスト-5-エン
ジメチルアミノピリジン(20mg)を含有するピリジン(10ml)中で1α・3β-ジヒドロキシコレスト-5-エン(1.2g)を、ベンゾイルクロリド(5nl)で処理した。1晩室温に置いた後、この反応混合物を水中に注ぎ、そして生成物をエーテルで抽出し、希水性塩酸、飽和重炭ナトリウム溶液および水で洗つた。エーテル部分を蒸発させると、ジベンゾエート(1.6g)m.p.147~150°が得られた。エタノールから再結晶させるとこの生成物は151~153°の融点を有していた。〔α〕D+24°。分析計算値(C41H3404)C80.61%、H8.91%、実測値C80.43、H8.74%。
(e) 1α・3β-ジベンゾイルオキシコレスタ-5・7-ジエン
前記(d)で得られたジベンゾエート(0.58g)のヘキサン(10ml)中の溶液をジブロモジメチルヒダントイン(0.15g)で処理し、還流下に25分間加熱した。冷却後この混合物を〓過し、そして〓液を濃縮して淡色油とした。この油を乾燥キシレン(3ml)に溶解させ、そしてこれをキシレン(5ml)中のトリメチルホスフアイト(0.4ml)の還流溶液に滴下添加した。還流下の加熱を1.75時間続けた。この時間の後でこの溶液を減圧下に除去し、そして残渣をアセトン/メタノールから結晶化させると、標記化合物(0.4g)が得られた。エタノール/アセトンから再結晶化後、この生成物は161~162°の融点を有していた。〔α〕D-8°。分析計算値(C41H3204)C80.88%、H8.61%、実測値C80.69%、H8.66%。
(f) 1α・3β-ジヒドロキシコレスタ-5・7-ジエン
KOH(0.6mg)を含有するエタノール(30ml)および水(0.5ml)に溶解した前記(e)からのジベンゾエート(300mg)を、アルゴン雰囲気下に80°に0.5時間保つた。この反応混合物を次いで冷却し、水で希釈しそしてエーテルで抽出した。エーテル抽出液を蒸発させると結晶性固体として標記化合物が得られた。メタノールから再結晶すると、m.p.155~158°を有する生成物が得られた。λmax(エタノール)263(7700)、272(11000)、282(11900)、295(700)nm。
実施列 1
1α-ヒドロキシビタミンD3の製造
脱酸素化されたエーテル(200ml)中の参考例1で得られた生成物すなわち1α・3β-ジヒドロキシコレクタ-5・7-ジエン(95ng)を、12分間メタノール1e当りトルエン(24nl)およびCB2(4ml)よりなる〓過ずみ溶液により囲まれた200ワツトのハノビアランブを使って照射した。この冷溶液を、アルゴンで充満したフラスコに移し、そしてニーテルを0°で除去したその残渣を脱酸素した無水アルコール(8ml)に溶解させ、そしで1.5時間還流下に加熱して異性化した。この生成物を用いてビタミンD欠乏ひよこに対して行なつた生物学的検定によれば、生成された1α-ヒドロキシビテミン゛D3〔λmax264(19000)〕が非常に迅速な生理学的活性の開始(3時間以下)を特第としていることを示しているが、これはこれまでには暫定的に1α・25-ジヒドロキシビタミンD2として特性づけられている天然生成物してのみ観察されているものである。
参考例 2
前駆物質1α・3β-ジアセトキシコレスタ-
5・7-ジエンの製造
ジメチルブロモヒダントイン(0.2g)を含有するヘキサン(10ml)中1α-OHコレステロールジアセテート(0.25g)を15分間還流下に加熱し、冷却し、〓過しそして〓液を濃縮すると淡黄色油が得られた。これをキシレン(4ml)に溶解させ、そして還流下に保持したキシレン(5ml)中トリメチルホスフブイト(6ml)の溶液に滴下添加した。アルゴンこ1.5時間加熱をつづけた。この混合物を減圧下こ濃縮しそしてその生成物を硝酸銀で含長したシリカゲルブレート上で分離した。メタノールから結晶化させると様記化合物130mg(34%)、m.p.11.8~119°、〔α〕D(CHCl3)-31°が得られた。実測値C76.75、H9.99、計算値(C31H48O4)C76.81、H9.98。λmax(エーテル)262(8300)、271(11800)、282(12700)、294nm(7500).NMR4.97(せまいマルチブツト、H1)、4.6~5.2(広いマルチブレツト、H3)、5.2~5.75(更にカツブリングした二重ダブレツト、H6およびH7)、2.02および2.07(シングレツト、アセテート)。
明細書記載のジエンジオールの直接アセチル化は同一の物理的特性を有するジアセテートを与えた。
実施例 2
(a) 1α・3β-ジアセトキシコレスタ-5・7-ジエンの照射
50mgの1α・3β-ジアセトキシコレスタ-5・7-ジエン(m.P.118~119°、参考例1と同様な方法を使用して1α・3β-ジヒドロキシコレスタ-5・7-ジニンを無水酢酸と反応きせることにより製造した)を11分間、脱酸素化したエーテル(200ml)中200ワツトのハノヴイア・ランブで照射した。この混合物の紫外吸収スベクトルは220~2.68nm厳の所望の吸収増大および268~295nm域の減少を示した。それはシリカゲル(CHCl3)上では本質的に均一ではあつたが、1%AgNO3-シリカゲルークロロホルム上では2個の明確なスポツトに分離した。下方のスポツトは出発物質のRfに相当した。より極性の少ない物質(約20mg)は、262~272nm付近の「平らな」最大値(282および295nmに小さなこぶ)および234nmに最小値を有する巾広い紫外吸収帶を有していた。この物質は前記式Ⅳ(式中R5はビタミンD3の相当する側鎖をあらわす)の租ブレビタミンを包含していた。この混合物の少量をヘキサンに溶解させ、そしてその紫外吸収スベクトルを記録した(推定濃度約20mg/l)。次いでこれをヘキサン中の沃素溶液で処理して沃素の全体的濃度が約0.4mg/lとなるようにし、そして45分間これを散乱光中においた。このヘキサン溶液を希水性チオ硫酸ナトリウムで、次いで水で洗い、乾燥させそしてその紫外吸収スべクトルを再記録した。これはタキステロール誘導体の特性吸収(max282nm、シヨルダー272、292nm)を示しそしてこの吸収は2.2のフアクターだけ増加していた。
(b) 熱的異性化
前記の租プレビタミンの全体を、脱酸素イソオクタン(10ml)に溶解させた。262nmの吸収は、30μl区分量を3mlに希釈した場合に0.39であつた.この溶液を次いで約75°にアルゴン下に全部で2.25時間の間加熱したがこの間262~265nmの吸収は0.54の最大値に増加した(前記と同一濃度の溶液に対して)。干期したとおり、この吸収は最初は速やかに、次いで平衡混合状態が近づくにつれて除々に増加した。この区分蚩を前述の方法と同様にしてヘキサン中の沃素溶液で沃素の全体的濃度が約0.4mg/lとなるように処理し、次に45分間散乱光中に保持し、このヘキサン溶液を希水性チオ硫酸ナトリウム次いで水で洗い、乾燥させると、タキステロールに特性的な吸収を示したが、その吸収の増加はわずか0.43~0.47であつた。この平衡化混合物はシリカゲル上および1%AgNO3シリカゲル上で共に(クロロホルムで展開)本質的に均一であつた。
上記の混合物の約12mgを脱酸素メタノール(1.0ml)中に溶解させ、そしてこの溶液を脱酸素化1.5メタノール性KOH(0.5ml)で処理じ、1.5時間アルゴン下に室温に保つた。水で希釈し、エーテルで抽出すると、1α・3β-ジオール(1α-ヒドロキシービタミンDおよびそのトランス異性体)が得られた。これはシリカゲル上(4%MeOH-CHCl3で展開)で2つの非常に近接した主スポツトを示した。このより径性の少ない分画(約5mg)は紫外吸収において、264nmに最大値を有し、228nmに最小値を有する幅の広い吸収を示した。これは1α-ヒドロキシビタミンD3であつた。区分量をヘキサン中で前記のようにして沃素で処理すると、270nmに最大値を移動(シフト)させるが、これは5・6-トランスビタミン(トランスビタミンD3の1α-ヒドロキシ同族体)への変換に由来するものである。
より極性の分画は、紫外吸収では260nmに最大値を、そして235nmに最小値を有する平滑な吸収帶を有していた。これは前述のブレビタミンであつた。これを前記のように沃素で処理すると268、276、286、298、312および327nmに最大値を有する複雑な紫外吸収スベクトルを与えた。
一方、1α-ヒドロキシビタミンD2は次のようなデータを示した。
紫外吸収λmax265nm、λmin228nm、マススベクトルm/e(相対強度)412(M+、24)、394(19)、376(10)、287(12)、269(15)、251(14)、152(35)、135(71)、134(100)、NMR(CDCl3)δ6.40(1H、d、J-11H3)、6.02(1H、d、J-11H3)、5.33(1H、ブロードシングレツト、C-19)、5.20(2H、m、C-22、23)、5.01(1H、ブロードシングレツト、C-19)。
実施例 3
1α-ヒドロキシビタミンD3の製造
脱酸素したエーテル(200ml)中で、135mgの1α・3β-ジアセトキシコレスタ-5・7-ジエン(実施例2におけるようにして製造された)を15分間200ワツトのハノヴイア・ランブを用いて照射し、そしてその生成物を1%AgNO3-シリカゲル(CHCl3)(製剤用薄層クロマトグラフ)上で分離すると68mgの出発物質(より極性の分画)および前述の組プレビタミン(54mg、より非極性の分画)が得られた。
このようにして得られた前記ブレビタミンを75°で2時間脱酸素イソオクタン(15ml)中でアルゴン下に加熱して異性化した。
得られた1α-ヒドロキシビタミンD3と前記プレビタミンとの混合物をメタノール(4ml)に溶解させ、そしてこの溶液を1mlの2.5%メタノール性KOHで処理し、そして室温に2時間保つた。水で希釈しそしてエーテルで抽出すると、前記ビタミンおよび前記式Ⅳ(ただしその17一位にはビタミンD3における相当する側鎖を有する)のプレビタミンジオールが得られた。これをシリカゲル(製剤用薄層クロマトグラフ)(8%MeOH-CHCl3)上で分離すると、13mgの前記ビタミン(Rf0.35)および8mgの前記プレビタミン(Rf0.31)が得られた。このビタミンをエーテルーベンタンから再結晶させると、微細無色針晶m.P.132~133°(加熱速度1°/4秒)、m.p.128~129°(加熱速度1°/25秒)が得られた。紫外吸収(エーテル)λmax264nm(20200)、λmin229nm(10800)。吸光値には9%の誤差があるが、λmax/λmin比は1.87±10%である。〔α〕20°D(エーテル、C~0.3%)+26°±2°、〔α〕20°D×(264nmにおける)吸光係数の積約5.2×105±10%、νmax(CHCl3)3700、3500、16007~1650、1040cm-1。NMR(d6アセトン)H6+H7δ6.20(外見上J-11.5Hz)にABカルテツト、H10δ4.92およびδ5.37ppmに2個の細い1-ブロトンマルチブレツト。前記ブレビタミン(λmax260nmおよびλmin232nm)(11mg、2回の別々の照射より)を脱酸素したインオクタン(8ml)に溶解させ、そして75°に1.5時間加熱した。前のようにして製剤用簿層クロマトグラフにより単離すると、更に4.6mgの前記ビタミンが得られた。ここでは分解が起つており、実際には前記プレビタミンは残つていなかつた。1α-ヒドロキシビタミンD3に対する分析は、実測値C80.6%、H11.04%。計算値(C27H44O2)C80.9%、H11.07%である。
参考例 3
経口投与可能な1α-ヒドロキシビタミンD3
組成物
(a) 1α-ヒドロキシビタミンD3カプセル
1α-ヒドロキシビタミンD3を抗酸化剤として0.1%w/wプチル化ヒドロキシアニソールを含有する低過酸化物の菌落化生油に溶解させると、40μg/mlのビタミン濃度の溶液が得られた。得られたこの溶液の1/4ml分量を慣用の技術によつてゼラチン中に封入した。薬量は1日当り1~2カプセルである。1α-ヒドロキシビタミンD3を2.0μg/mlおよび4.0μg/mlの量で含有する溶液のそれぞれからも上記の方法により同様にカプセルが調製された。
(b) トリービタミン製剤
次の成分を含有する錠剤を慣用の技術により製造する。
ビタミンA 4000usp単位
ビタミンC 75mg
1α-ヒドロキシビタミンD3 0.2~1μg
この製剤は場合によりまた1mgの弗素を生理学的に許容しうる弗化物塩として含有していてもよい。
(c) デカービタミン製剤(成人用)
次の成分を含有する錠定を通常の技術で製造する。
ビタミンA 25000usp単位
ビタミンB1 10mg
ビタミンB2 10mg
ビタミンB6 5mg
ビタミンB12 5μg
ビタミンC 200mg
1α-ヒドロキシビタミンD3 0.2~1μg
ビタミンE 15IU
パントテン酸カルンウム 20mg
ニコチンアミド 100mg
この錠剤は場合により1mgの弗素を生理学的に許容しうる弗化物塩として、そして/または次の元素すなわち
銅 2mg
沃素 0.15mg
鉄 12mg
マグネシウム 65mg
マンガン 1mg
亜鉛 1.5mg
を包含するミネラルコンプレツクスを生理学的に許容しうる塩の形で含有していてもよい。薬量は1日1錠である。
(d) デカービタミン製剤(幼児および小児用)
次の成分を含有する錠剤を慣用の技術により製造する。
ビタミンA 5000usp単位
ビタミンB1 5mg
ビタミンB2 5mg
ビタミンB6 2mg
ビタミンB12 10μg
ビタミンC 100mg
1α-ヒドロキシビタミンD3 0.2~1μg
パントテン酸カルシウム 3mg
ニコチンアミド 30mg
この錠剤は場合により生理学的に許容しうる弗化物塩または前紀(c)に列記した量のミネラルコンプレツクスを含有していてもよい。薬量は1日1錠である。
(e) 家禽用餌料組成物
1α-ヒドロキシビタミンD3の40mcgをエタノール(100~500ml)中に溶解しそして得られる溶液を2kgの粉砕した石灰石でスラリーとする。次いで、スラリーを攪拌しつつエタノールを減圧下に除去し、得られるビタミン含有固状物を家禽用餌料に餌料kg当り20gの割合で添加する。
右は正本である。
平成六年三月二五日
静岡地方裁判所民事第一部
裁判所書記官 松下吉男
特許公報
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